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恵心僧都源信1000年遠忌

本日は鎌倉新仏教のうち、念仏教団と題目教団とに大きな影響を残した、恵心僧都源信の1000年遠忌である。

この週、比叡山には念仏系各宗派の代表が登叡し、それぞれの教団の法要式にて遠忌法要を厳修した。

法華系教団に関しては耳にしない。
これは日蓮が当初は源信を持ち上げながらも、恐らく法論に負けて以降、源信批判を始めたのが原因と思われる。

日蓮が一期の弘通の中で、ころころと主張を変えているのは、台家及び念仏系宗派等に度々法論で論破され、負けているからに違いない。
日蓮はまるで現代の創価学会らの如く、敗北を内にはひた隠しにして、遺文等で敵方を誹謗し続けた。
創価学会が裁判で負けまくっているのに、内部的には一度も負けていないと喧伝し、対立教団を誹謗中傷するのと全く同じである。
その意味では、現代において創価学会ほど日蓮的な教団もないだろう。

源信は最澄と徳一以来続いていた、法相宗との論争に終止符を打つために、晩年「一乗要決」を執筆している。
そして釈迦如来像を本尊とする霊山院に釈迦講を結成し、在家・女人を含む多くの僧俗が比叡山にあがり、釈迦及び法華信仰を篤くし、並びに法華講義によって学問を深めたのである。

恵心僧都源信1000年遠忌の日に 合掌


※追記
NEWSでも知らされた通り、この大事な記念行事の最中、比叡山では先輩僧侶が修行僧を殴り耳の鼓膜が破れる重傷を負わせる事件が起きた。日本仏教界にとて誠に遺憾なことであり、これが氷山の一角でないのかどうか、天台宗宗務院は調査委員会を設置して事に当たることを希望する。
現状では、最澄、源信の信念は失われ、山法師の魂にとりつかれた僧兵時代の暴力体質の比叡山の復活と思われても仕方あるまい。


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コメント

[C2535]

四明さん、

御高覧並びにコメントをありがとうございます。

日蓮が踏襲した所謂「五時八教」の流れからすれば、念仏に関する教えを先に弘め、後に法華一乗の要決をまとめた源信の生涯は、台家として決して脱線したものではなかったのだと思います。

日蓮真蹟の一部が現存する文永三年「法華経題目抄」には『女人の御身としては南無妙法蓮華経と一日に六万十万千万等も唱へて、後に暇あらば時々弥陀等の諸仏の名号をも口ずさみなるやうに申し給はんこそ、法華経を信ずる女人にてはあるべきに』
との教示は、法華経を中心に置きながらも、念仏等の名号を称えることを肯定した台家のものだと思います。

ところで源信は、一乗要決の執筆や釈迦講の結成など晩年釈尊と法華信仰の布教に身を投じましたが、自身の入滅の時は、安楽世界への往生を願い弥陀信仰をもって一期の終焉をむかえました。

こうした源信の生涯は、日蓮にとって法華信仰のバックボーンとなったと同時に、念仏者との対論では必ずしも有利では無かったのだと思います。

  • 2016-06-15 06:52
  • 管理者
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[C2534]

日連は、当初は源信を評価していましたが、おそらくは、法然、親鸞、一遍の浄土家と対立を深めます。源信は、慧心琉の開祖なので、なぜ日蓮が慧心琉から独立してまで、専修唱題義に拘ったのか、布教上浄土家を意識していたのでしょう。
  • 2016-06-14 20:58
  • 四明
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それと同時に、冨士教学研究会の役割もほぼ終わりかけていると思います。
今後は、政治・宗教・社会等の問題を気ままに記してまいります。
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