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山家会-最澄命日-

本日、6月4日は日本天台宗の祖、最澄阿闍梨伝教大師の命日であり、天台・法華系の宗派では法要を厳修するところも多いだろう。
本日の朝勤では、伝教大師和讚を奉読した。

最澄に大きな影響を受けた鎌倉新仏教の祖である日蓮は、最晩年までその顕すところの本尊大漫荼羅に伝教大師への帰命を勧請し続け、日蓮亡き後、その葬送にあたって後陣・前陣を努めたる高弟、日昭・日郎が「天台沙門」を名乗り、門下を比叡山で得度・授戒させていることから、日蓮は異端であったとしても生涯天台宗の門人であった事は想像に難くない。

現代の日蓮党の大半は、日蓮天台宗説を否定的に捉える。それは日蓮本仏圏では顕著である。

真蹟の残る日蓮最晩年の消息の一つ「上野殿母尼御前御返事」には、下痢症状に悩まされる日蓮が、供養を受けた酒を温めて飲んでいる旨が記されている。
酒、つまりアルコールの類は、液体ではあっても水分補給できない。むしろ脱水を促すのである。
つまりこの時に日蓮がとった行為は、医学的には最悪の自殺行為に等しいものである。
三世を知る「御本仏」であるならば、こんな行為はありえない。
日蓮は晩年まで知識と教養が偏った凡人だったのである。
むしろ私はそんな日蓮を好意に思う。

最澄は日本に最初に真言密教を持ち込んだ人物でもあり、加えて弘法大師空海に弟子入りしてまで、本格的な真言密教を比叡山にもたらしたいと思っていた事は、空海真蹟の現存する国宝「灌頂暦名」に最澄の名が記されていることからも間違いないだろう。

日蓮もまた、その顕すところの本尊大漫荼羅には、終生梵字で不動明王と愛染明王を勧請した。
不動明王と愛染明王はその出処が密教経典であり、加えてあえて梵字で記されていることは看過すべきでない。
日蓮は真言宗や真言宗化した天台宗を内向きには批判した。
しかし対論では成績は振るわず、自らも晩年まで天台真言宗の僧であったのだろう。

文永10年の著述になるが、身延曾存で上代著述・等覚院日全の法華問答正義抄にも引用される、「顕仏未来記」には三国四師として真言密教僧の伝教大師最澄の名が入る。
建治2年の「報恩抄」には「根本大師」と最澄を賞している。

中世日本大乗仏教の二大潮流の祖である、最澄の命日に合掌したい。





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コメント

[C2533]

四明さん、

ご高覧並びにコメントをありがとうございます。

今、資料手放しですが、日蓮は最澄の密教に落胆している遺文があります。
かつて当ブログでも取り上げましたが、恐らく台家との法論に敗れてのことだと思います。この日蓮法論敗北の記録は神奈川県立金沢文庫に現存しています。
日蓮はそれほど最澄について詳しく知り得なかったのでしょう。

それでも最澄が法華中心主義を提唱したことを用いて、当時の天台宗の覚醒を試みたのだと思います。

  • 2016-06-05 23:14
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[C2532]

伝教大師直伝の台密は、確か根本大師流でしたか、古流台密は伝えられているのでしょうか。日蓮は、東密、円仁、円珍は激しく批判しましたが、最澄の密教は否定も肯定もしていませんが、近年の花野充道師の研究にも、日蓮本尊に密教の影響があり、日蓮の密教受容が、根本大師流か、山家、三井からのいずれかのルーツにあるのかは関心があるところです。
  • 2016-06-05 20:19
  • 四明
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