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4・2 戸田城聖祥月命日

本日は創価学会活動会員及び聖教新聞購読者であれば存知の、創価学会第二代会長戸田城聖の祥月命日。

新しい創価学会員は知らない人もいると思うが、戸田城聖は日蓮正宗を国教とし、国立戒壇を建立することを大願としていた。
その戸田城聖の墓は、富士大石寺五重塔の敷地内にあり、親族も日蓮正宗の信徒である。

戸田城聖と池田大作(山本伸一)のフィクションストーリーを描いた、「人間革命」は少しでもフィクション性を無くすためか、最新の改訂版にて、戸田城聖と池田大作(山本伸一)の出会いの場面で、池田大作(山本伸一)が即興詩を詠んだ場面がそっくり削除されているという。

創価学会関係は古本を捨てずに取っておくことが面白い。
今の創価学会員に戸田城聖が日蓮正宗を国教としようとしていた事実など知らされもしないだろう。
しかし、古い大白蓮華にははっきりと書かれている。
国立戒壇しかり、新しい戸田城聖全集が出る際に、国立戒壇の用語が全て「本門戒壇」に改竄されたが、消えない事実は古書を持つ者の手元に厳然と残っている。
創価学会は政教一致のために公明党をつくったのが原点なのである。

その公明党が政権にいることは、日本は非常に危険な状態にあるといっていいだろう。

さて、戸田城聖の墓所と同じ敷地内にある五重塔は、大石寺三十一世日因が本尊書写を連発し集金して建立したものである。
日因といえば、「袈裟数珠事」にて、当時すでに大石寺の相伝は全て邪義であり、本来の日目以来の相伝はみな安房妙本寺にある事を暴露した貫首でもあった。

『喜はしい哉、悲い哉、大衆方正法を守ると云へども近代上人方は皆正法を失ひ天台真言の邪義に附する故に今日因之を改め近代上人方の附邪の法を疑ふのみ、一には日主上人の立行関東奥方に残り伝はる故、二には当山古老僧皆之れを伝ふる故、三には当山日目上人の相伝悉く房州保田に有る故、四には要法寺二代日大叡山相伝当山に伝ふ、故に知んぬ近代上人方、要法寺日大の邪伝に附するのみ。』

ここにある「房州保田」こそ、日蓮真蹟「萬年救護大本尊」を所蔵する、旧興門派・現在単立の宗教法人安房妙本寺である。

さて来週はまた親類の葬儀が入った。
後期高齢者の親族・親類は私の両親含めまだ沢山いる。高齢社会ではこうしたことが続くものであろうか。

話を戻すと、ご存知の方も多いと思うが、戸田城聖の葬儀の様子の一端はYouTubeにアップされている。
https://www.youtube.com/watch?v=3isCa5247OU
当時既にこの状況だった事を知る映像といえよう。





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コメント

[C2516]

何度もご丁寧なお返事誠にありがとうございます。色々な資料等もあるようなので私も手に入れる機会があれば読んでみたいです。
  • 2016-04-09 19:13
  • 地蔵野
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[C2515]

地蔵野さん、

ご高覧並びにコメントをありがとうございます。

本尊授与に関しては、その本尊の意義によって為書等がされるので、それは実物を見なければわかりません。敬台院のように有力者には仲介者を通じて本尊授与があった可能性はあると思いますが、石山にしても要山にしても非公開のため正確なところはわかりません。

「奥人」や「奥法宝」、寺史、「諸記録」「富士門流志考」等の資料を見る限りでは、縁のある寺院あるいはその僧侶、檀信徒に授与されているように思われます。

六十六部や法華千箇寺詣りは、天台真言や禅宗系の寺院参り、あっても興門派以外の寺院だろうと思われます。

以前よく記していたのですが、法華信仰は浄土系宗派以外で広く用いられており、天台系はもちろんのこと、真言宗系でも檀信徒日常のお勤めなどに法華経が載ります。禅宗系も自我偈や観音経等の法華本門が読誦されます。霊場としての機能は江戸期発祥が多く、現状は日蓮系以外の寺院のほうが整っているので、おそらく江戸時代も似たような状況だったのではないかと思います。

日蓮系は今でも単独で「ご主題帳」という形で行っていますが、江戸期の類似品も競売に出てくるので、そのような対応だったのではと愚行します。

現在、日興の意思を受け継ぐ集団は皆無と思いますので、あまり気にせずに、他者の迷惑にならなければ、個人の思った今一番正しいと思う信仰のあり方で十分ではないかと存じます。

知識足らずで生意気な事を記しました。失礼しました。




  • 2016-04-09 17:39
  • 管理者
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[C2514]

何度もすみません。昔の大石寺の上人は数千幅もの本尊を書写してご供養を集めていたのでしょうか?それだけの数の本尊を自らの信者のみに授与してきたとはとても思えず金品を寄付等された一般の方にも授与されてきたと思うのですがどうでしょうか?また、他の興門派本山においてもその様な事が行われてきたのでしょうか?
江戸時代の六十六部や法華千箇寺詣りの人達も興門八本山に参詣等されていたのでしょうか?
私は未熟者、勉強不足なものでただただ日興上人の門流の信仰を自分も行って行きたいと考えている者ですが、排他的、独善的なものには距離を置いてしまいます。個人的に要法寺歴代上人の御本尊を大切にしてお題目をあげさせて頂いておりますが私の信仰(信仰している等とは畏れ多いですが)が日興上人より御叱りを受けないか不安でなりません。
また、長くなり大変申し訳ございませんが何卒よろしくお願い申し上げます。
  • 2016-04-09 11:52
  • 地蔵野
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[C2513]

ご返事ありがとうございます。大変参考になりました。
  • 2016-04-09 01:11
  • 地蔵野
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[C2512]

地蔵野さん、

初めまして。
この度はこんな過疎地までようこそお出で下さいました。

至らない部分は多かろうと思いますが、ご質問いただきました点につき、以下のとおりお返事させていただきます。

①興門八本山の関係
対等であったのは、明治期の興門派から本門宗立ち上げ二年目までだったと思います。当時の最大規模であった京都要法寺一門から同じ尊門でも末寺四カ寺の伊豆實成寺まで輪番制で管長を出してました。
それ以降は大石寺一門が離脱、戦中は日蓮宗が解体され、旧日蓮宗・顯本法華宗・本門宗が合同し、新生日蓮宗が誕生しました。その時に西山本門寺の由比日光を会長に旧興統法縁会が結成されました。
戦後は法改正もあって、讃岐本門寺が末寺顯本寺を残して塔頭及び他の末寺とともに日蓮正宗に行きました。これを皮切りに、興門八本山の一つ富士妙蓮寺も末寺一ヶ寺を残し、日蓮正宗に帰一しました。
その後、創価学会の動きによって安房妙本寺一門が後の大日蓮宗となる末寺と両山一寺といわれた富士山久遠寺一門を残し日蓮正宗に帰一、京都要法寺は末寺30カ寺あまりを残して日蓮本宗を立ち上げ独立、西山本門寺は一時本山のみが日蓮正宗に帰一するものの、裁判にて離脱、現在は単立ですね。安房妙本寺は平成に入ってから、末寺の多くを正信会を含む日蓮正宗に残し離脱して単立になっています。末寺の動向は更に細かくなりますが、大まか現状は対等というよりバラバラというところだと思います。

②日蓮正宗寺院での他興門派貫首書写本尊の所蔵について
これはあると思います。ただし、檀信徒の目に触れないところで保管・虫払い等が行われると思います。私個人所蔵の要法寺歴代の本尊を、業者を通じて日蓮正宗僧侶から購入依頼が来たことがあります。お断りしましたが。日蓮正宗側としては史料として保管という立場でしょう。逆の場合もありまして、実際日蓮本宗寺院で日精本尊が所蔵されており、写真も撮らせていただきました。

③興門派化儀の遵守について
本山から末寺まで完全に旧興門派の化儀を護っているところは皆無だと思います。
日蓮正宗も数珠が所謂彼らの言う「身延派」と変わらず、逆に日蓮宗でも北山本門寺では4本房の古式の数珠を使います。
それでも日蓮宗内の他の寺院では、御察しの通りかと存じます。

④常住本尊、感得について
常住本尊の呼称は日蓮正宗系だけだと思います。感得は日蓮正宗以外では、要するに「手に入れること」を意味しており、流れ物を入手しても感得といいます。

以上、大雑把にて恐縮ですがお返事とさせていただきます。

  • 2016-04-08 10:45
  • 管理者
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[C2511]

すみません。お伺いしたい事があるのですが、私は日興門流に強く惹かれ自分なりに勉強させて頂いておりますがなかなか難しく質問させて頂きたい事があります。
興門八本山はどこも対等な関係という事でよろしいのでしょうか?また、日蓮正宗寺院にも例えば要法寺歴代の貫主上人の御本尊が格護されていたりするのでしょうか?
何度か興門派の旧末寺を参詣させて頂いた事ごありますがやはり日蓮宗の影響を強く感じました。純粋に日興門流の化儀を守っているのは日蓮本宗や日蓮正宗の教団だけですか?
日興門流では各本山貫主上人のご直筆の御本尊を常住本尊と言うのでしょうか?また、御本尊を頂く事を感得と言うのでしょうか?
長くなり大変申し訳ございませんが何卒よろしくお願い申し上げます。
  • 2016-04-08 00:15
  • 地蔵野
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[C2510]

四明さん、

ご高覧並びにコメントをありがとうございます。

約二ヶ月ぶりでしょうか。お元気でしたでしょうか。

日因のこうした著述を知っていたからこそ、戸田さんは日寛教学への回帰を叫び、余計な知識が会員に入らないよう情報操作していたんですね。

やはり不良債権を踏み倒しただけの人物だと改めて思いました。
  • 2016-04-06 22:37
  • 管理者
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[C2509]

日因は日有口伝の採集に見るように、大石寺の古典教学を復権させようとしたのでしょう。日寛教学と異なる教学を考えて、近代上人の言動に批判したのでしょう。戸田氏は、教学は日寛上人にかえれ、との熱烈な日寛主義者の故に、報恩抄文段等の意をとって事壇を主張したのでしょう。
  • 2016-04-06 20:31
  • 四明
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Author:冨士教学研究会 管理者
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日蓮正宗・創価学会等の富士門流関連寺院・諸団体に関する議論は、池田大作氏の影響力低下と、諸賢の研究・考察・発表等によって、概ね結論はみえてきました。
それと同時に、冨士教学研究会の役割もほぼ終わりかけていると思います。
今後は、政治・宗教・社会等の問題を気ままに記してまいります。
更新頻度は特に定めません。皆さんも時間のあるときにのぞいてみてください。

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