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御難を偲び覚悟を思う

伊豆法難
5月12日は日蓮伊豆法難の日であるが、寺院によっては月遅れで6月12日に法要を行う場所もあるようである。

6月12日は先にお知らせの、会報が納品される。
これもなにかのご縁と捉え、御宝前に報告し読経・唱題を行おうと思う。

今回の会報は、さきに創刊号で寄附をいただいた方中心に発送し、その後当ブログで一般の方の購読を募る予定である。

「覚」(さとる)に「悟」(さとる)で『覚悟』(かくご)であるが、何事も事を起こすには覚悟が必要である。
私は覚悟が足りなかったと反省している。
日々の怠惰な学習・修行の現れで、何を覚こともなく、また悟こともなかった。
その結果として、今号の発刊に創刊号以来長い年月を費やしてしまったのだろう。

その点、日蓮には覚悟があったと思う。
いかなる難に遇いながらも、歩みを止めることはなかった。

法華経に関する問題、羅什訳の問題、天台教学の問題、その上にある日蓮教学の問題等、学問面からはその宗教的主張は現代に課題を多く残したといえるかもしれない。
それでも覚悟を決めた日蓮の一期には、いまだ惹かれるものがあってあまりある。

日蓮党として、毎日御題目を唱える以上、「かくご」の「か」の字でもせんじてのみ、もう少ししっかりしたいものである。




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コメント

[C2416]

四明さん、

ご高覧並びにコメントをありがとうございます。

一躰佛に関しましては、諸説あるようですが、伊豆法難750年法要の時に、佛現寺で拝観した一躰佛も立派でしたね。
伝承を形に模す境内は、参詣していて面白いです。

  • 2015-06-13 07:26
  • 管理者
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[C2415]

鎌倉幕府第六代執権北条長時により、宗祖日蓮は、伊豆流罪になりましたが、良忠教団との対峙が尾を引いています。良忠は、聖道門に精通した学僧で対日蓮党和党を引き受けていました。例えて言えば、三国志諸葛孔明に対峙した、司馬氏にあたるでしょう。それでも、日蓮は、船守弥三郎夫妻の外護により、一躰仏を感得できたことは、諸天の御加護然らしむると。
合掌
  • 2015-06-12 21:30
  • 四明
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