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「シリーズ 日蓮」刊行会主催 第4回公開講演会

先日は、「シリーズ 日蓮」刊行会主催第4回公開講演会の聴講に、立正大学まで出かける。

腰痛で整骨医院に行ったら、ものすごく混んでおり講演会の開始時間には間に合わず、会場に到着したときは法華仏教研究会主宰の花野充道博士の講演が始まる直前だった。

花野博士の講演が始まってしばらくすると、彰往考来氏が来場。
資料収集の為に立正佼成会付属佼成図書観に行っていたとのこと。この研究熱心さには頭が下がる。

花野博士の講演は「日蓮教団と中古天台教学」と題し、日蓮思想の四重興廃について論じられる。
そのあとは、門谷法華宗布教研究所所長による「京都町衆と法華文化」と題した講演があり、休憩を挟んでシンポジウム「日蓮教団の歴史と諸問題」と題して、布施法華宗教学部長の司会で講演登壇者との質疑応答並びに講師間のディベートが行われる。
シンポジウムの最後は、聴講に来場していた著名な研究者に司会者が質問を促しすすめられる。

花野博士の発言は、それに対する批判も多く、議論の渦を巻き起こしていたと感じる。
現在の日蓮研究のほとんどは、日蓮真蹟及び直弟子写本が残るものまでを信頼のおける史料としてすすめられる。
花野博士は、そうした線引きには反対の立場で、遺文の真偽を論じ合いたとえ真蹟や直弟子写本がなくとも、日蓮遺文と認められるものは研究史料としていくべきであるとする。

真偽の検証は時間と労力が伴い、これを行おうという花野博士の意気込みはすごいと思うが、経典にしても現在は所謂漢訳大乗経典郡は全て後世成立のゴータマの教えではないという線引きもある。これらを真偽の検証を行うのは、いかに研究者・専門家といえども正直大変だろう。

仮説と仮説で議論をし合うしかないのが歴史研究との見解には賛同する。
それぞれの仮説がどのような方法論で検証され、どのような方法論及び仮説が説得力を持つのか、建設的な議論をしたいという考えも同様である。

私は日蓮思想は身延九ヶ年の中で弟子たちに語られたものと考え、真蹟遺文の中でも「吊り物」と呼ばれる現在の黒板替わりに使用されたと思われるもの、講義資料にしたと思われる経釈論等の抜き書き、直弟子たちの聴講録に当たるもの、それらから導き出されるテキストとして使用されたもの、及び日蓮テキストの集大成といえる注法華経の相関関係を紐解く作業から、より正確な日蓮思想は導き出されるように思う。よって、これらから距離のあるものは真蹟の有無にかからわず、一旦横に置き、これらに関連があると思われる遺文は真蹟の有無にかかわらず史料として用いるべきだと考える。

しかし直弟子の聴講録と推定できるのは、日興、日向、日法などの一部を除いては公開・翻刻されていない。
日蓮思想の核心に迫るには、直弟子の聴講録に該当するものを、もっと公開し議論の資料とできるようにすることが肝要だと思っている。

思えば私が曽根猊下と出会ったのも、日目の聴講録と思われる「聴講見聞録」を拝観させていただこうと思ったことも一因であった。残念ながら既にその時には「聴講見聞録」は流出して實成寺宝蔵には無かった。しかし今も現存している事を曽根猊下は知っており語ってくださった。詳細は記さないが、今はこうした史料の公開が望まれるのである。

講演会終了後は彰往考来氏に夕食をご馳走になる。大変申し訳ない。
氏には家族や仕事のことなどもアドバイス戴き、会うたびに感謝している。
桜が咲く頃には、私も何らかの研究活動を再開したいと思った。


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コメント

[C2352]

彰往考来さん、

ご高覧並びにコメントをありがとうございます。

前日に飲んで、その疲れもおして佼成図書館、講演会聴講は、やはり研究熱心さの現れだと思います。研究のためとはいえ、どこからか研究費用が出ているわけではなく、全て私費で行っているわけですから、経費の節減も当然のことだと思います。

私だったら、何もせずゴロゴロして過ごしたことでしょう。



  • 2015-03-10 21:45
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[C2351]

彰往考来です。当日はお疲れさまでした。確かに私は佼成図書館に寄ってから講演会に行きましたのでかなり遅刻してしまいなんとか花野先生のご講演には間に合ったという体たらくでした。これは勉強熱心なためというよりは、前の日に友人と夜中の2時までスナックで飲んでカラオケなどしていたため寝坊したのがホントの理由で褒められるものではありません。無理して佼成図書館にいったのもせっかく東京へいったのだから掛け持ちをして時間と電車賃を節約したいということからです。今は立正大学の図書館は休館ですので佼成図書館に直行でした。もっとも立正大学の図書館に所蔵されていない文献などを中心にコピーしましたが。
パネルディスカッションでの佐藤先生の偽筆に対するお考えは「現代宗教研究第32号:86頁」にある勝呂信靜氏の論考「御遺文の真偽問題-その問題点への私見-」での「私の使った御遺文の中には多少の偽作が含まれているかも知れない、しかし私の主張はそれを除いても成立し得るものと考えているから、論証には差支えないものと思う」というのと同じです。
http://www.genshu.gr.jp/DPJ/syoho/syoho32/s32_086.htm
ですがそれであるなら論文のロジック上は最初から真偽未決遺文を使う必要がないということになります。実際は歴史を紐解くなら現存遺文だけでだめで真偽未決遺文を使う必要があります。ご真筆が現存していれば立正安国会の資料などを参照しながら系年判断は比較的容易にでき少なくとも学術論文に耐えられるレベルは得られますが、真偽未決遺文では系年を筆跡以外の別の手段で検証する必要がありこれらの作業をしながら論考執筆を進めるということになって、かなり大変な作業であることは事実です。ですがその過程で今まで知り得なかった新しい発見があり、それがこのような研究をする醍醐味であると思っています。なお田村先生は直弟子写本までというお考えで、その理由は中山三世日祐の目録にすでに後世のものが混ざっているということで、これは傾聴に値するご意見でした。やはりこのような講演会を聞きにいくべきですね。
  • 2015-03-10 17:42
  • 彰往考来
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[C2350]

四明さん、

ご高覧並びにコメントをありがとうございます。

花野さんには、サンスクリット語の原典解析には少し距離があるように感じました。

人それぞれ残された時間の中で、これだけはやっておきたいと思うものがあるでしょうが、花野さんのそれは真蹟不伝の日蓮遺文の真偽論とそれによって採用される真蹟不伝遺文から読み取れる日蓮思想ではないかと思えます。

自公政権の終焉は、浮動票が投票行動にでなければ訪れないと思います。
しかしだからといって黙っているつもりはありません。たとえ一人でも、無駄な抵抗を続けることが肝要と信じます。

  • 2015-03-09 23:39
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[C2349]

大野晋師の『日本人の神』を拝読しましたが、矢張南インドが起源です。訪印経験ある充道さんにはぜひサンスクリットから原典研究お願いしたく存じます。学会と岸家の因縁浅からぬものあり、長期政権続くでしょう。岡田氏野党再編ないかぎり。
  • 2015-03-09 23:18
  • 四明
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[C2348]

行者忍辱さん、

ご高覧並びにコメントをありがとうございます。

近世は布教禁止で、近代は布教解禁となった時代ということもあり、広宣物の出版も各宗派から出ていたようですね。

創価学会などの例によれば、古い出版物は自らの首を絞める内容になっているということも考えられます。

あとは多くが国会図書館の近代デジタルライブラリーで無償で閲覧できることもあって、復刻がなされないのではないでしょうか。

  • 2015-03-09 19:43
  • 管理者
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[C2347]

「シリーズ日蓮」刊行会には、本化ネットワークの御縁で、加わっており、春秋社からの、直販で購読は、しておりますが、記念講演会には、なかなか、出席できないでおります。春秋社は、かつて「講座 日蓮」 「日蓮聖人全集」を刊行し、さかのぼると田中智学居士の名著「大国聖日蓮上人」などを、刊行した、素晴らしい出版社ですね。宣正結社には、此方が数冊あり、親友に謹呈したりしております。しかしながら、戦前の本で、絶版になって久しく、復刻が望まれます。真世界社、春秋社、その他、なんとかなれば良いのですが。
  • 2015-03-08 22:42
  • 行者忍辱
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Author:冨士教学研究会 管理者
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それと同時に、冨士教学研究会の役割もほぼ終わりかけていると思います。
今後は、政治・宗教・社会等の問題を気ままに記してまいります。
更新頻度は特に定めません。皆さんも時間のあるときにのぞいてみてください。

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