現在の閲覧者数:

Entries

涅槃会

本日は仮称「日本仏教」という宗教界では、ゴータマ入滅の日として各種法要を営む寺院も多い。

ゴータマの最後は阿含経典にも出てくる弟子たちへの言葉があまりにも有名で、ここでは割愛する。

今日は仮称「日本仏教」の有名な僧侶の最後を簡単に紹介したい。
なお仮称「日本仏教」とは、日本に本来の仏教は存在せず、宗教としての仏教のみが存在することで区別を試みているものである。
無論、日本には僧侶・尼はいても「比丘・比丘尼」は存在せず、併せて檀信徒はいても「優婆塞・優婆夷」はいない。

前置きはこれくらいにするとして、中世末の禅僧一休は、幼少期から青年時代は有能な僧侶、自称「悟り」を得てよりは、淫行、飲酒、肉食の限りを尽くした、破戒坊主と呼ばれた。
浄土真宗の蓮如と交流があったことでも知られる。
破戒坊主といえども、頭の良さや人望厚く弟子や支援者にも恵まれたようである。

その一休に死期が近ずくと、一休は弟子たちに「この先どうしても手に負えない深刻な事態が起きたら、これを開けなさい」と一通の手紙を残した。
時が過ぎ、残された弟子たちが、今こそ師・一休の知恵が必要という局面が訪れ、弟子たちは固唾を飲んでその封書を開封したという。そこには、

「大丈夫 心配するな なんとかなる」

と書いてあったそうである。
この言葉を見て、弟子たちが難局を乗り越えたかどうかは存じかねる。
少なくとも高僧と呼ばれる者の難解な理屈や、呪文めいた迷信ではなかった。
俗世で流布する、安心と激励の言葉であろう。
恐らく一休の「悟り」とは、ゴータマのそれとは遠く異なり、この弟子たちに残した平易な言葉に象徴されるものであったのではないだろうか。

世俗的に生きた禅僧一休の最後の言葉、それは「死にとうない」であったという。

現在、一休の墓所のある通称一休寺では、一休墓所のみが宮内庁の管理になっている。
これは一休が皇室の血筋であるとする説が有力視されてりるからである。

恐らく富士門流の中興といわれる日寛、日我、日辰などは知る人ぞ知る人物だが、アニメにもなり多くの日本人に知られる一休の最後は、この世で極楽を観た凡人らしい言葉であったと思う。





スポンサーサイト

コメント

[C2346]

四明さん、行者忍辱さん、

毎度のご高覧並びにコメントをありがとうございます。
皆様のコメントは、私にとって未知の領域ですので、毎回勉強させていただいています。

今日は仕事の休みをもらって、確定申告に行ってきました。
事前に用意した書類で一発通過できました。
余談にて失礼いたします。

  • 2015-02-17 12:23
  • 管理者
  • URL
  • 編集

[C2345]

一休禅師は、末法無戒を、一休さんなりの、法華経観で実行されたと思われる。非常に正直な方で、あられたと思われる。越後の良寛さんも、似ている。余談だが、近所の創価学会員の奥さんが「越後の良寛さんは、優しい方かと思っていたら、日蓮大聖人様を、ご法難に追い込んだ、すごく悪い奴なんですね。がっかりです」と、言ったので「あのね。子供と遊んだ良寛さんは、江戸時代の人、大聖人の法敵は良観なのよ」と教えてあげましたら「どうもありがとうございます」と、よろこんでました。しかし、創価学会幹部のレベルは、そんなものなのですね。しかし本覚思想は、日蓮聖人ももちろんですが、一休さん、良寛さん、天台本覚思想の流れの中ですね。
  • 2015-02-16 21:26
  • 行者忍辱
  • URL
  • 編集

[C2344]

男は本、女は迹、知り難き勝劣なりの百六箇抄の口伝相伝口決は、現代のフェミニストからはどのようにうけとめられるのでしょうか。女性は元始太陽だった平塚らいてうの映画みたことあります。前衛音楽の湯浅譲二氏のピアノ音楽の軋むような鋭さが印象的でした。
  • 2015-02-16 19:43
  • 四明
  • URL
  • 編集

[C2343]

阿呆陀羅經さん、

ご高覧並びにコメントをありがとうございます。

一休禅師とは真逆の最後の言葉ですね。

  • 2015-02-15 18:56
  • 管理者
  • URL
  • 編集

[C2342]

佛陀釈迦牟尼の最期の言葉は、「諸行は潰え去る法である。怠ることなく勉め励みなさい」という、頗る平易ながら核心を衝いたものであったようです。
  • 2015-02-15 16:04
  • 阿呆陀羅經
  • URL
  • 編集

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

プロフィール

冨士教学研究会 管理者

Author:冨士教学研究会 管理者
ブログ「冨士教学研究会 管理者のオワコン日記」へようこそ!
日蓮正宗・創価学会等の富士門流関連寺院・諸団体に関する議論は、池田大作氏の影響力低下と、諸賢の研究・考察・発表等によって、概ね結論はみえてきました。
それと同時に、冨士教学研究会の役割もほぼ終わりかけていると思います。
今後は、政治・宗教・社会等の問題を気ままに記してまいります。
更新頻度は特に定めません。皆さんも時間のあるときにのぞいてみてください。

最近のトラックバック

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索