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富士妙蓮寺四師塔

妙蓮寺四師塔

写真は旧本門宗七本山の一つで、現在大石寺のもと日蓮正宗本山におさまっている富士妙蓮寺の四師塔である。
北山本門寺御霊宝御風入会のあとは、富士妙蓮寺を参詣した。

一番左の日目墓塔は他の三塔と比べて新しいのがみてとれる。
昭和50年代、時は大石寺六十六世日達の時代の造立である。

本来、妙蓮寺は大石寺と同等の格式をもち、日蓮・日興・日華の三師塔が富士山を背にして立っていた。
そこに日目の入る隙間は無かったのである。

旧南條邸であり、堂宇は文化財級である。
どちらかといえば、日蓮・日興・日妙と続く、北山本門寺の兄貴寺ではないかとさえ思える。

日蓮真蹟の遺文や、日興真筆本尊、妙蓮寺歴代開眼の日蓮・日興御影絵像など多数の宝物を所蔵する。
残念ながら、妙蓮寺歴代の本尊は、同寺檀信徒でさえも拝観することはできない。

現在の妙蓮寺は、大石寺の末寺扱いで、歴代は「住職」の呼称で「貫首」とはいわない。
もちろん妙蓮寺歴代として本尊書写することもない。
大石寺の傘下に入ったことで、妙蓮寺の歴史は止まった状態である。

現在は日蓮正宗の学匠・高橋粛道氏が入っているとのことなので、是非、妙蓮寺歴代本尊の目録や妙蓮寺文書の翻刻などを出版して欲しいと願う。

同じ日蓮正宗の本山である、讃岐本門寺は「三野町文化史」に、日仙本尊の目録や所蔵古文書の翻刻を載せている。

富士妙蓮寺は三鳥派とも縁が深いので、その歴史を紐解く史資料が眠っているのではないだろうか。

妙蓮寺の歴史が正しく伝えられ、再認識と再評価されることを望むものである。


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コメント

[C2176]

四明さん、

ご高覧並びにコメントをありがとうございます。

高橋氏は塔頭にいるのでしょうか。
「近世異流儀集成」では妙蓮寺に入っている旨の記述がありましたが。

文書関係もきっと宝蔵の中でしょうから、虫払いの時に写真に撮って解析するしかないでしょうね。
興門派の伝統が残っていれば、宝蔵の鍵は僧侶ではなく檀家総代等が持っているはずで、勝手に出して調査することはできないのではないかと思います。

しかし、現在妙蓮寺の歴史(特に近世)を明らかにできる立場は、高橋氏をおいて他にいないと思います。

  • 2014-05-09 22:34
  • 管理者
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[C2175]

粛道さんは、範道師が妙蓮寺塔頭住職で古文書の研究をされていたので、後を継ぐという意味で入山されたのでしょう。地理的にも富士五山と通用が容易でかつ『妙蓮寺文書』の執筆に当たるのでしょう。富士門流文書は堀上人が集め、範道師が整理したといわれます。粛道さんは門外不出の秘書を世に出す使命があるのでしょう。妙蓮寺門流から宗務院海外部長に出世した行雄師は南条氏宛遺文の「竜門の滝」を登ったことでしょうか。法主になるには総監にならなくてはなりませんが、旧態依然の体質が少しは変わるかどうかは未知数です。「三度身を省りみよ」とは堅樹院日寛師が中国古典の言を借りて僧侶の在り方に厳しい内省を求めていますが。
  • 2014-05-09 20:42
  • 四明
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[C2174]

そうですか、やはり思い過ごしですかね。
石山は知りませんが、北山本門寺はその末寺一ヶ寺たりともあんな人に文句を言われる筋合いは毛頭ございません。
  • 2014-05-05 17:28
  • あやの
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[C2173]

あやのさん、

ご高覧並びにコメントをありがとうございます。

そうでしたか、そのような人物が来ていましたか。

今回の北山行きは誰にも伝えずに急遽行くことにしましたので、件の御仁がこちらの動きを事前に察知することは不可能で、加えてまさか私に付きまとうほど、暇でしょうもない事をしているとは思いませんので、また自分のブログ記事のネタ作りのために方々に足を運んでいるのでしょう。

お知らせいただきありがとうございました。
  • 2014-05-05 13:50
  • 管理者
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[C2172]

このハンドルネームでコメント失礼します。

北山本門寺と石山でhideらしいカメラを持った不審者を見かけました。以前見た写真より少し若い様でしたが、よく似ていました。
もしかしたら、管理者さんをつけ回していたのかも知れません。お気をつけ下さい。
  • 2014-05-05 12:49
  • あやの
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[C2171]

四明さん、

ご高覧並びにコメントをありがとうございます。

やはり住職は漆畑さんのままでしたか。
高橋氏はどういう立場で入山しているのでしょうね。
やはり妙蓮寺の研究に従事するために入っているということでしょうか。

妙蓮寺は客殿は外部のものでも参拝可能ですね。
大石寺とは多少の違いを感じます。

妙蓮寺住職が大石寺法主になったら、変わるんでしょうね。きっと。

  • 2014-05-04 18:47
  • 管理者
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[C2170]

昭和50年代は、達師と池田氏の両者に深い確執があり、和解の会談は本山妙連寺で行われました。昭和40年代後半に池田氏の寄進で本山妙連寺の堂宇が一新されましたが、武家屋敷の面影を色濃く遺す貴重な寺院建築でしょう。宮殿式の御厨子と云い、大石寺の微妙に異なる山風の良さをもっと漆畑一門は高調すべきでしょう。植民地から独立とはいいませんが、せめてプエルトリコのように自治権を獲得すべきでしょう。
  • 2014-05-04 15:34
  • 四明
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[C2168]

行者忍辱さん、

ご高覧並びにコメントをありがとうございます。

こちらもゆっくりできませんでしたか。
私はかなりゆっくりできました。
客殿の廊下を歩いていくと、一番奥が資料展示場になっていて、宗開両祖御影の写真や、古文書関係が展示されています。

但し本堂や日華堂のお参りはできないですね。

  • 2014-05-03 16:13
  • 管理者
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[C2167]

下條の妙蓮寺ですね。やはり、十数年前に、かなり、短い時間の参拝をしました。日蓮大聖人の四大檀越、上野殿の、お寺ですから、もっとみんなで、ゆっくり参拝出来るように、していただきたいです。地涌塾では、勉強の年間テーマとして、四大檀越と御書を学んでおり、来年度は、上野殿がテーマとなります。
  • 2014-05-03 15:23
  • 行者忍辱
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今後は、政治・宗教・社会等の問題を気ままに記してまいります。
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