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律蔵について

明日は3月16日、創価学会では広宣流布記念の日とさだめている。

創価学会は宗創紛争以前は、入会の際に日蓮正宗寺院にて「御授戒」という儀式を行っていた。
一切の謗法を捨て、日蓮正宗にのみ帰依する儀式である。

この「御授戒」の『御』は儀式の神聖さを加上させるためのもので、通常は「授戒」というのが通例だろう。

天台宗では授戒とは戒名を授かる儀式である。
真言宗では多くは十善戒を授かることと認識している。

いずれにしても、これら各宗派で云われる「戒」は本来の仏教における「戒」とは異なる意義付けがされている。

創価学会を含む仏教系諸団体等では、よく「戒律」という言葉も使用される。
しかし金沢文庫より出ている「称名寺の仏典」によれば、本来の仏教教団には殺盗淫妄の四つを固く禁ずる律があり、それを犯した場合には教団から永久追放という戒めがあったという。

よく「五戒」と呼ばれ、先の殺盗淫妄に飲酒を禁じたものが知られるが、現代では絵に描いた餅であって、僧侶でさえほとんどまもられていない。

なお仏教における「淫」は異性との関係だけではなく、同性愛や他の動物とのそれも禁じていた。
この「淫」を禁じたのは、単に不浄というだけでなく、生まれてきた子供が被差別階級の扱いをうけることになり、生まれてくる子の一生に幸福の薄い人生が待っていることも大きな理由であったようである。

古来仏教における律とは、教団の一員がまもらなければならない決まりごとであり、戒とはそれを破った時の厳罰を意味していた。

今は地道に阿含経典を読みすすめているが、これまで全くふれてこなかった律蔵にも関心が高まっている。
東方学院創始者で、数多くのパーリ仏典、サンスクリット仏典の翻訳を手がけた、中村元氏も仏教における根本的な律は殺盗淫妄であるとかつてNHKで話されていた。

まあ、だからといって飲みたいだけ酒を飲んでいい訳もなく、仏教を修行するものは法令遵守はもとより社会的にも周囲より尊敬される振る舞いが求められるのだろう。

今は仏教、宗教、神道など、様々な基礎を再考しているが、いずれ律蔵に関しても学んで行きたい。





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コメント

[C2124]

四明さん、

ご高覧並びにコメントをありがとうございます。

ブツダの思想が広く一般に知られ、日本仏教とはなにか再考するきっかけになれば良いと思います。

わたくしごとですが、最近、東方学院の教材にも使われているパーリ語辞典(附録パーリ語略文法)を購入しました。

有能な研究者の翻訳・翻刻に頼るのがわたくし共の常ですが、一応、自ら学び自ら原文にあたれる努力を可能な限り挑戦したいと思っております。

もちろん、資金と時間があれば、東方学院にいって勉強したいと思いますが。特にパーリ語入門とサンスクリット語入門は。

漢文と古文書もままならないで、次から次へと手を広げてもと思うときもありますが、リスクマネジメントの基本で、「人は間違える」という前提でものを考えますと、多少なりとも言語・語学知識があったほうが良いと思う今日このごろです。

  • 2014-03-21 21:13
  • 管理者
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[C2123]

チベット歴史文献学の今枝由郎氏による新訳『日常語訳ダンマパダ』『日常語訳スッタニパータ』(トランスビュー)は、ゴータマ・シッダールタの言葉が語られた時の地平に戻し、仏教の知識(教相門)がない現代人にも開かれたものにしようとする好著です。安楽騒動は、最澄の大乗戒を見直し、大小兼学する試み原点回帰ではなかったか、これまで伏流であった知礼の教説を大胆に、大河の如く流れたのもこの時期です。
  • 2014-03-21 19:46
  • 四明
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[C2122]

阿呆陀羅經さん、

ご高覧並びにご教示ありがとうございます。

僧侶もさる事ながら、在家もまた外道を仏教と勘違いして止まない時代ですね。

日本に本当に仏教が必要とされるのかも含めて再考する余地はあると思います。

仏教の本質を知って、外道のままで良いと思う在家は決して少なくないように感じられます。

  • 2014-03-20 21:54
  • 管理者
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[C2121]

日本に於いては、元来は並列的且つシステマティックに運用されていた具足戒と菩薩戒を、別箇のものと歪曲して分離してしまい、前者を放棄した恥ずべき歴史があります。

インドにせよ漢土にせよ、正統な僧伽では、佛教の比丘たる大前提として、具足戒の受戒と、僧伽の運営規約である律蔵の遵守とが必須であり、更に難易度の高い行法を修するに際しての誓約として菩薩戒の受戒が行われました。

学校に喩えれば、具足戒の堅持と律蔵の遵守は必修科目あるいはクラス、菩薩戒は選択科目または部活であり、両者の間には如何なる齟齬も生じる筈がありません。

ところが9世紀初頭の日本に於いて、唐から帰国した最澄が、両者を分離し、菩薩戒のみで正式な出家として認定されるべきという謬説を唱え、この無理筋を律令国家に認めさせるに及び、今日に至る無僧伽且つ無戒状態の元凶が生じたわけです。

故に日本佛教の僧侶は、佛教比丘はもとより、外道も含む広義の“沙門”にも分類出来ない、鵺のような代物に成り果てました。
  • 2014-03-20 11:06
  • 阿呆陀羅經
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[C2120]

行者忍辱さん、

ご高覧並びにコメントをありがとうございます。

元政上人の法華律懐かしいです。
過去に日蓮宗教学研究発表大会にて研究発表している方がいました。
平塚に元政上人のお筆を収集している寺院があり、年に一回展覧会を行なっていますね。

  • 2014-03-17 20:43
  • 管理者
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[C2119]

日蓮正宗以外の日蓮法華宗各派於いて「律」について論議されて来なかった事は事実かと思われます。江戸時代初期に深草の元政上人は「法華律」を提唱されました。今、草山元政上人に光を当てる事も、大切かと思われます。
  • 2014-03-16 23:32
  • 行者忍辱
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