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三鳥派の末路

現代日蓮宗学の礎ともいえる執行海秀著「日蓮宗教学史」によれば、三鳥院日秀と江戸時代に知られた三鳥派教学とが、どこまで因果関係があるかは確定できないものの、平田篤胤著「出定笑語付録」によってその中心的な存在が確認できる、生田五郎兵衛こと還告日使が還告史記を残しており、それを基に日浮が三鳥教学を大成したといわれる。

それによると題目五字の内、「妙法」の二字に真の勧心があるとし、これを「吸う、吐く」という呼吸法に託して唱えれば、心中の邪気を払うといわれる。

江戸幕府の弾圧によって、三鳥派はほぼ壊滅状態となったが、そこから派生した一派が神道化し蓮門教となり、さらに扶桑教の一派になったと記される。

扶桑教はホームページを見る限り、富士信仰以外に共通点は見いだせない。
一方、蓮門教は既に壊滅しているものの、奥武則著「蓮門教衰亡史」によれば、その思想は還告教学に類似しているようにも思える。
要するに法華神道として「妙法」二字にその勧心をおくのである。

現在、止観・坐禅・瞑想といった行為は、日本仏教界に限らず、キリスト教でも、一部の神道でも行われている。
心を定めるのに、呼吸と姿勢は当然生理学的にも関係してくる。
これは宗教的効験というよりも、生理現象、神経作用といえるだろう。

扶桑教の本部は都内にもあるようなので一度伺ってみたい。
恐らく、三鳥院日秀の名前を出しても知る人はいないとは思う。

実は私蔵の漫荼羅類に、三鳥派と思われる人物のものがある。
ようは大石寺日精と同じ書式なのである。
三鳥派は日秀滅後も、しばらくは日精より相伝した実践があったと思えてならない。
神道と富士門流あるいは日蓮党は、何も蓮門教に限らず、元々関係性があったと思う。
重須の垂迹堂しかり、今は亡き大石寺の天堂、要法寺の垂迹堂、身延山の神祇別勧請しかりである。

また富士門流の中には、呼吸法を用いいた読経・唱題の実践を指導する僧侶もいる。
他の日蓮党にも瞑想行を取り入れている寺院はある。
これらが今の僧侶の独断で行われているものか、三鳥派をはじめとする近世以前の日蓮党に遡れるのか、実に興味深い点であるが、今は詳しい史資料に当たれないのが現状である。






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コメント

[C2115]

扶桑教では、「こうくうたいそく みょうおうそくたい じゅっぽう こうくうしん」なる“御神語”を唱えるようですが、佛教からの影響は想定出来ないでしょうか。
  • 2014-03-12 14:01
  • 阿呆陀羅經
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[C2112]

阿呆陀羅經さん、

ご高覧並びに興味深いご教示ありがとうございます。

執行海秀氏の蓮門教から扶桑教という流れはどうお考えでしょうか。
私は今のところ、ほとんど接点を見いだせません。
むしろ「冨士戒壇建立書」の著者松本フミの方が、まだ接点が見いだせそうな気がします。

  • 2014-03-08 08:28
  • 管理者
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[C2111]

以前から、「本覚論→吉田神道→法華神道(富士信仰)→日蓮本佛説→三鳥派→蓮門教」という、伏流水的な思想的脈絡に考えを巡らしております。

富士山麓という、特性ある地勢的条件で発達した所謂“富士門流”には、日蓮自身が擁していた密教的にして神道的な土壌へ、古来の富士山岳信仰や京都から伝播した吉田神道系教理等々が合流し、複雑な習合関係を織り成しながら、ある種「民俗宗教の坩堝」という様相を呈したように思えます。

後世に“邪義”や“邪教”とされた流れは、寧ろこうした流れの“嫡出子”ではないかと考えられますね。
  • 2014-03-07 21:32
  • 阿呆陀羅經
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[C2109]

行者忍辱さん、

ご高覧並びにコメントをありがとうございます。

たしか数ヶ月前に日蓮宗新聞で、中尾名誉教授が日蓮聖人は「なんみょうほうれんげきょう」と発語されていたのではないかといった記事を書かれていたのを覚えています。

要法寺の信行正軌にはルビがふってあり、「なんみょうほうれんげきょう」ですね。

興門派、日蓮聖人とも、どうであったかは史資料を基に推定するしかないですが、日蓮党にとっては関心の高い問題ですね。

  • 2014-03-04 21:49
  • 管理者
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[C2108]

私も南無妙法蓮華経の御題目の唱え方について「なーむ みょー ほーうーれーん ぐぇーきょー」が興門なかんづく本門宗の御題目の正しき唱え方であると、複数の、お上人から伺っております。しかし、実行してみると難しく、ぎこちなくなります。それでも心の内で、意識しております。
  • 2014-03-04 21:30
  • 行者忍辱
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[C2107]

最初は日秀の存在自体を否定しているのかと思いましたが、「三鳥院」という院号をもつ日秀ではなかったということのようです。

かなり細かい資料を読み込んでいるようで参考になります。

平成談林2http://heiseidanlin2.blogspot.jp/

私も所謂三鳥院日秀として知られる人物は、大沼田檀林にて隆門から引き抜かれた人材だと思っていました。
この時代の隆門は京都妙蓮寺貫首日迢の転派といい、激動であったようです。

また尊門でも檀林にて他の勝劣派人材を引き抜いた例があります。
初代本門宗(興門派)管長の日貫が引き抜いた要法寺歴代日周は、什門の京都妙満寺の貫首まで経験した人物でした。

日精・日秀時代の教義・行法と、後の三鳥派における妙法二字に勧心をおく法門・実践とが、因果関係があるのかどうか関心が高まります。


  • 2014-03-04 21:18
  • 管理者
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Author:冨士教学研究会 管理者
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それと同時に、冨士教学研究会の役割もほぼ終わりかけていると思います。
今後は、政治・宗教・社会等の問題を気ままに記してまいります。
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