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大石寺蔵日蓮真蹟本尊に関して

過日、彰往考来氏と立正安国会を訪ねる。

会の皆様には大変良くしていただき、現在発刊されている御本尊集の原版ともいえる、表具まで写ったお写真を拝見する機会を得た。

大石寺の元富士学林図書館長であった故山口範道氏は、「日蓮正宗史の基礎的研究」の中で、御本尊集では所蔵先が不詳となっている、安82、111、116が大石寺蔵であることを記している。

この内の安82番と116番は今回拝見した写真では、左右を文鎮で固定されて撮影されており、同時期に撮影されたものと思われる。
もちろん撮影したのは立正安国会ではなく、御本尊集発刊にあたって所蔵先不詳と云う事で写真提供をしたものと考えられる。

安111番に関しては、別な場所での撮影とも思える。

さて、門外不出の大石寺蔵真蹟本尊がどのように写真流出したかは関心が抱かれるところであるが、私は今回の訪問で御主導先生より賜った「片岡随喜居士影譜」にそのヒントがあるように思える。

随喜居士が大正年間に親交のあった人物に、東京三田で紙問屋主人をしていた藤波文蔵氏がいる。

そう、この藤波文蔵氏は紙問屋藤波商店の主人で、所謂「本門戒壇之大御本尊」が写真公開された由井幸吉著「日蓮大聖人」を刊行した人物である。

さらに随喜居士の大正年間の親交録をみると、由井一乗(独一本門講・俗称「幸吉」)氏の名が見える。

私はこの藤波文蔵氏と由井一乗(幸吉)氏を介して、安82番、116番の写真が提供されたのではないかと考える。

大石寺に限らず富士門流の本寺・末寺ともに御霊宝を納める宝蔵は、貫首と檀家総代の代表との両者で鍵の管理がされており、法主・貫首・住職といえども、単独では開け宝物を出すことはできない。

文鎮で固定されていたと云う事は、奉掲して撮影されたものでは無く、机の上に広げられて撮影されたものと思われる。
という事は、お虫払い法要のような行事の最中に撮影されたとは思えない。
お虫払い後、宝蔵に納める前に別室で撮影された可能性が高い。

撮影も当時としてはかなり精巧な撮影方法であったと思われ、藤波文蔵氏や由井一乗氏が関わっている事が想定される。
恐らく当時の僧侶には無理であろう。
それにしても安111番に関してはどのように撮影され、そして提供されたのかは不明である。

なお安111番に関しては、所蔵先に疑義もあるようであるが、「日蓮正宗史の基礎的研究」に記される『西三』とは、安116番の『東四』と同様で、出典がない為お虫払い法要の際の奉掲位置を示したものと思われ、この記述が信頼のおけるものであれば、所蔵先は間違いなく大石寺であると思われる。

現在は近隣の別寺院に移っているとの話もあるが、今はここにその具体的な寺院名は記さない。

今回の訪問で、これまで堀日亨氏の単独行動かと思っていた大石寺蔵日蓮真蹟本尊画像の流出には、藤波・由井両氏の存在が影響を持っていた可能性を確認できた。
大変貴重な時間であった。

長時間にわたりご教示・お付き合いいただいた御主導先生並びに立正安国会の皆様、お声かけ下さった彰往考来氏に心より感謝申し上げたい。





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コメント

[C1900]

四明さん、

御高覧並びにコメントをありがとうございます。

法華釈に関しては、台密の方に有効性を感じたのだと思いますが、東密十識よりも台密九識の方が論理性があると思われていたのかもしれませんね。

四明さんの仰る通り、今後の課題の一つだと思います。
  • 2013-10-19 07:30
  • 管理者
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[C1899]

金胎理智は一法の上の二面であるとする東密において教学の根幹ですが、台密では両部の上に蘇悉地を立て、両部を而二門、蘇悉地を不二門と立てますが、安然による東密への影響も看取できます。つまり東密側が台密の理解を取り入れながら両部不二思想を形成していったわけです。宗祖遺文の東・台密対破に両部不二、両部即一にあまり関心がなかったのか、意識的に避けたかもしれません。覚鑁に『法華経秘釈』ありますが、宗祖が書写していないことはなぜか。今後考究を重ねていく要素があると存じます。
  • 2013-10-18 19:04
  • 四明
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[C1898]

四明さん、

御高覧並びにコメントをありがとうございます。
今回の推測は大凡的外れではないのでは無いかと思っております。

日蓮と東密には思うところが多々ありますが、もうすこし情報の収集と整理をしたいと思っております。

東密と台密では、虚空蔵菩薩の真言の用い方が一般的には異なり、虚空蔵菩薩求聞持法は東密の修法だと思います。
よって東密側の真言を1日1万遍称えたと思います。

またの御賢察をお願い申し上げます。

  • 2013-10-16 23:12
  • 管理者
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[C1897]

明治・大正・昭和前期は、宗派の垣根が現在より低かったようですね。堀上人は充道師のように間口の広い人間関係交友関係がありました。羨ましい限りです。ところで山中氏をはじめ東哲諸師諸賢は、密教排除純粋法華に執していますが、天台大師の法華経理解は、己心を通して方便を観察し、別して対することなく、証解体得することにありました。日蓮は曼荼羅本尊を顕すことにより、唱題行で一気に解決しようと試みました。天台と日蓮の間に如来蔵思想密教思想の補助線が引かれるのではないか、と思います。それと東密の両部不二思想から何かしら投影されていないか、あくまでも憶測ではありますが。
  • 2013-10-16 19:40
  • 四明
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[C1896]

愛国沙門さん、

御高覧並びにコメントをありがとうございます。
私は今年は来月も含め、会式への参詣は予定にありませんが、自宅で報恩の行を尽くしたいと思います。
  • 2013-10-14 07:49
  • 管理者
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[C1895]

宗祖第732遠忌、ご報恩の微衷を報謝致します。昨日、本日と聊か過密日程でしたが、本日、立正安国会様の御会式法要及び御風入れ法要に参拝させていただきました。小規模ながら、心ゆく迄、御真蹟を拝する事の出来る、非常に有り難い法要でした。
  • 2013-10-13 20:57
  • 愛国沙門
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Author:冨士教学研究会 管理者
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日蓮正宗・創価学会等の富士門流関連寺院・諸団体に関する議論は、池田大作氏の影響力低下と、諸賢の研究・考察・発表等によって、概ね結論はみえてきました。
それと同時に、冨士教学研究会の役割もほぼ終わりかけていると思います。
今後は、政治・宗教・社会等の問題を気ままに記してまいります。
更新頻度は特に定めません。皆さんも時間のあるときにのぞいてみてください。

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