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離山は在山の証

日興供養塔
昨日は北山本門寺の御霊宝御風入会に参詣。あえて個人情報は記さないが、有縁の師氏とお会いでき御宝物拝観と併せて良き日であった。
今回は文永十年八月十三日の伝日蓮本尊も奉奠されていた。
立正安国会版の御本尊集には入集していない、佐渡百幅系である。
安十二番の「日蓮」と「花押」が入れ替わっており、他筆による書入れも左右逆転しているような感じである。御真筆のように観えた。
また本年は創価学会が爆発的な勢いをつけていた時代に、当時の創価学会顧問で塚本総業代表取締役の塚本素山氏によって、北山本門寺が籠絡されかかった時、その学識によって創価学会教学を論破し、金品の誘惑にも、脅し文句にも負けなかった、片山日幹師の十七回忌に当たる年と云う事で、日幹筆大漫荼羅も奉奠されていた。
個人的にご縁は無かったが、日幹筆大漫荼羅は数幅私蔵している。もとは興門派ではなかったが、貫首に晋山するにあたって、京都要法寺まで興門派の血脈・相伝を受けに行かれ、日蓮宗内の興門派を護って下さった上人である。
御霊宝御風入会の後は順番が逆になってしまったが、日興祖廟をお参りし一路身延山に向かう。

身延山に到着し、まず日蓮祖廟をお参りする。
巻頭の画像は日蓮祖廟とその向かって左にある日興供養塔(写真内左手前)である。
この日興供養塔と同じ並びには四基の御廟がある。一番立派なつくりは波木井公のものである。一番小さなものが日興供養塔である。
日蓮祖廟の向かって右側は立派な日向御廟があり、その後ろから小さく地味な第三世日進以下の御廟が並ぶ。

次に日興開基と伝承される林蔵坊に向かう。
林蔵坊は江戸期の身延参の際に、大石寺を含む興門派寺院の宿舎となっていた場所でもある。
本堂横に林蔵坊歴代の御廟が立てられており、造立願主は片山日幹師である。

そして身延山宝物館を拝観する。
旧安房妙本寺蔵の日蓮大漫荼羅の複製、伝・日向、日昭、日朗の本尊、いずれも小幅のものであった。
ひときわ眼を惹いたのは、やはり日興筆大漫荼羅であった。
これは三派合同の際に興門派から奉納されたもので、興風談所「日興上人御本尊集」の58番として入集している、まごうことなき御真筆である。しばし足を止めて拝観。

本年は日向御遠忌と云う事もあり、師に関する展示も多かった。
金綱集や立正安国論(広本か)写本、そして真偽問題はあると思うが、伝・日向筆写本の所謂「三大秘法抄」(行学院日朝極付)が展開されていた。
万が一、直弟子段階で所謂「三大秘法抄」が写されていたとすれば、門下内の議論は再考が必要でもあろう。

さて、日興は身延を離山した。これは派閥に依らず門下の共通認識である。
しかし「離山」とは「在山」に依存する表現で、離山した以上在山の時期があったのは史実であろう。
日蓮亡き後、日興は身延山にて祖廟を護ったに違いない。
であれば日蓮亡き後の最初の山主は、やはり日興であろう。
そんなことを考えながら、今回は身延山を下山した。

帰りはいつもながら高速道路が渋滞。途中、通行止めの区間があった。
帰宅後テレビのニュースでは、中学生の乗ったバスが事故にあったとの事であった。
大きなけが人はいなかったとの事であるが、私も含め車を運転する人は自分の仕事・用事よりも人命が大切であることを常に肝に銘じるべきだと思う。













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コメント

[C1749] 御霊宝御風入会

合掌 皆さんご参拝ご苦労様でした。主宰者様はじめ、ブログご登場の諸氏とお会い出来まして法悦でございました。秋には保田にも行きたいと思っております。またお会い出来ます事を期待しております。   敬具

[C1748]

皆様、

御高覧並びにコメントをありがとうございます。
深夜になってしまい、個々のご返事は後日とさせていただきたく存じます。
取り急ぎ御礼まで。 再拝

  • 2013-04-14 22:13
  • 管理者
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[C1747]

皆様。御参拝、有り難うございました。私は寺院席に居たので、皆様とは御挨拶だけでしたが、御法要の回向で貫主様が、日本国の安全、安泰を力強く、御祈念され、他国侵逼難(西海侵逼難)を對治する、皆の祈りを再認識しました。富士山法華本門寺根源の三代の貫主様は、命懸けで石山、学会から日興上人棲神の、御山を護られておられます。宗祖、興尊、片山猊下の御本尊、貞観政要等を奉拝した後、御齋をいただき、順番が逆になってしまいましたが、御廟所を奉拝、右手を観ると、午前中、雲に覆われていた、霊峰富岳の雄姿が現れ、我々を祝福しておられるようでした。片山、本間、旭猊下は正に、常不軽菩薩のような、素晴らしい貫主様です。余談ですが、名古屋に、矢張り、常不軽菩薩のような、御上人がおられ、宗門諫曉に挺身しておられます。単立不退寺の御尊主です。二名の遷化という不祥事を起こした、日蓮宗荒行堂と最高責任者を完膚なきまでに折伏する、上人の熱烈なる愛宗護法の熱誠漲る本が、全日蓮宗寺院教会結社に贈呈されましたが、大寺の御前方は読みもせずに、不退寺様を罵っています。私は宗門諫曉の書を克明に読み、非常に共感しました。師曰わく、荒行は「怨行」(あだぎょう)その通り!
  • 2013-04-14 18:59
  • 愛国沙門
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[C1746]

管理者様

富士重須本門寺根源様の御虫払い法要への御参詣、御疲れ様でした。

私も、重須の御虫払い法要へ参詣したい気持ちはありながらも、本年の親父の三回忌までは、この時期は多忙のため、叶わずにおります。来年度こそは…と思っております。

身延山の宝物館の伝日向師筆写の三大秘法抄は興味深く思います。本当に日向師の筆写本だとすれば、三大秘法抄が日蓮聖人御真撰である可能性を高めるものだと思います。

日興門流には本時伽耶・本時寂光・本国土妙を三大秘法の中の戒壇に配するとともに、周知の通り事壇論もございますが、三大秘法抄の伝日向師の写本が、本当に日向師の真筆ならば、身延山曽存の日蓮聖人御書の以一察万抄・取要抄とともに、日蓮聖人に秘事として事壇論があったことを示すものになり、門下の論争に一石を投ずるものになりますね。




  • 2013-04-14 18:54
  • れん
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[C1745]

「日興上人ハ大聖御遷化之後身延山ニテ弘法ヲイタシクケ関東ノソウモンヲナシテ、三ヵ年ガ間身延山ニ御住アリ」(「日興上人御伝草案」)片山師は身延山信行道場のころから、毎晩一時間の唱題行を欠かさなかったと伝えられます。また堀上人とも親交があったともいわれます。
  • 2013-04-14 15:10
  • 四明
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[C1743]

管理者様。こんにちは。ブログを拝見し、なかなか参詣できない寺院などを詳しく教えていただき、ありがとうございます。そしてこれまで知りえなかったことなども知ることができ、うれしく思います。さてだいぶ以前のことでしたが、北山様にパンフの申し込みをしたところ、片山上人様からサイン入りの直筆のご書籍とお手紙をいただきました。本間上人様からも、佐渡在の頃、素晴らしい筆字のお手紙をいただいたことがあります。はがき、手紙の類にもお心を尽くされている姿に感動を覚えた重いがあります。しかるにその御礼の返信を出したところ、当時の北山様の執事から、もう手紙はよこさないようにと返信があり、残念に思いましたが。つまりはお人柄のなせるところですね。
被災地では、東電からの賠償金で裕福になり、心をも奪われてしまう方々が多くあります。お金で県民が愚弄されているようです。悲しいことです。いつも常識的な心を保ち続けたいと願っているところです。またブログを楽しみにしております。
  • 2013-04-14 12:00
  • 碧い海
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冨士教学研究会 管理者

Author:冨士教学研究会 管理者
ブログ「冨士教学研究会 管理者のオワコン日記」へようこそ!
日蓮正宗・創価学会等の富士門流関連寺院・諸団体に関する議論は、池田大作氏の影響力低下と、諸賢の研究・考察・発表等によって、概ね結論はみえてきました。
それと同時に、冨士教学研究会の役割もほぼ終わりかけていると思います。
今後は、政治・宗教・社会等の問題を気ままに記してまいります。
更新頻度は特に定めません。皆さんも時間のあるときにのぞいてみてください。

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