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江戸十祖師他を巡る①

以前ブログに記したが、御首題めぐりのサイトを参考に、日蓮系寺院の参詣を再開している。

日蓮系寺院はじめ檀家寺の事情を、各札所巡りを行うことで少しは知ることができた。
多少交通費と時間が無駄になる事を覚悟し、もう一度日蓮系寺院にも足を運んでみたい。

首都圏には江戸十祖師、四大善神、三大鬼子母神などがある。
四大善神は既に摩利支天と帝釈天はまわった。
鬼子母神は中山は参詣済みである。

今回は、以前愛国沙門師からもすすめられた、四大善神の一つ清正公覚林寺と、除災之祖師として江戸十祖師に数えられる浄心寺を参詣。

覚林寺は境内のどこを見ても四大善神らしきことは書かれていなかったと思う。
しかし清正公を祀った堂宇が本堂よりも目立っていることは確か。

白金高輪より地下鉄で門前仲町に出て、歩いて江戸十祖師の浄心寺へ向かおうと清澄通りを歩いていると、商店街で何やら聞き覚えのある曲が流れている。
どうも思い出せないでいたが、ハッと気づいた。
流れていたのは、池田大作氏が作詞したと云われる「母よ」であった。

何故、公の通りでこのような音が聞こえてくるのか理解に苦しんだが、まずはとっとと次の場所へ行こうと足早に過ぎ去ると、見えてきたのが深川閻魔殿であった。

閻魔殿

なんだか両者がかぶって見えた思いであったが、逆に閻魔様に失礼か。

浄心寺は江戸期には身延山の祖師像・七面大明神の出開帳が行われていた場所で、江戸十祖師の随一と云われた場所といわれるが、今は素朴な一檀家寺である。

檀家寺は休みの日は法事・法要が多く、平日は留守が多い。よって御首題・御朱印はいただけないことも多い。
そして基本的に参詣は建物の外からで、檀家以外は本尊を拝することはできない。

そのようなリスクを覚悟で再訪を始めた。
どこまで続くかわからないが。



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コメント

[C1691]

四明さん、

日蓮宗荒行堂自体が、日蓮の行に還れるものでは無いと思いますが、私もやるならば身延山の荒行を復興すべきだと思います。

中山の独立を防ぐために、荒行を中山に独占させるのは、如何にも政治的で、政治的であるがゆえに、ユーキャン荒行堂になってしまうんだと思います。(もちろん全ての行者がそうだとはいいません)

門流意識から日蓮宗を離れた寺院も、後継者問題などで日蓮宗に復帰する動きがままみられます。
後継者がいなければ廃寺になるのが旧来の習わしでしょうが、檀家制度の悪弊でしょう僧侶が信念を貫けない現状を俗人の我々も作ってしまっていると反省せねばなりません。

  • 2013-03-02 12:48
  • 管理者
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[C1690]

近代になってからは横浜の華人街が道教を伝えていると思います。ただ資料があるかどうかは定かではありません。琉球は福建省と関係が深く、文化的にも華人社会と近いものがありますが、残念なことに琉球処分後の本土の強烈な同化政策で琉球語が禁止され、今では完全に調教されました。(調教の語は語弊がありますが、ある琉球民政府関係者が回顧談で率直に使用されているのであえて記しました)道教が残っているかどうかは。越南でも道教が広まっています。たしかクォック・グーの表記Dhineが道教寺院の越南版のはずです。華人学校は英語・中国語教育で人気があるようです。孔子学院もそうです。ところで宗祖が天台三大部学習に従義の『三大部補注』を使っていましたが、簡潔にしてよくまとめられている書です。ただ白文で書き下し文でもっと書店で入手できるようになれば望外の喜びです。本妙日臨師は儒学を学んでいたようです。一妙院日導師の『綱要正義冊略』を愛読していたようです。中村壇林は近代宗学の礎です。身延で荒行もされたようですが、現代の苦行版ユーキャンとことなり、真摯な姿勢がみなぎっていたのではないでしょうか。旱魃に喘ぐ村民の請による祈雨が果たせたのも師の日夜朝暮の激しい修行によるものでしょう。
  • 2013-02-28 18:33
  • 四明
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[C1689]

愛国沙門さん、

御高覧並びにコメントをありがとうございます。

集中してまわれば、あっという間にまわれるのでしょうが、少しずつまわっていきたいと思います。

良いところには何度も足を運びたいと思います。

  • 2013-02-28 18:27
  • 管理者
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[C1688]

深川浄心寺様、白金覚林寺様、御参拝、ご苦労様でした。浄心寺は、江戸後記に身延山出開帳が、しばしば、行われ、以前、法華会(財)の有名寺院を巡る会に加わり、参拝した折、身延山出開帳の古文書を拝観する事が出来ました。管理者様も、数名でアポイントをとられれば、可能かと思われます。覚林寺は徳川家康が最も畏れた、武将の一人、加藤清正公を崇敬する寺院。私見ですが家康の清正に対する御霊信仰的な畏怖もあり、江戸城に近い場所の建立を許したのではないかと思われます。此から是非、江戸十大祖師を、少しずつ、御参拝していただきたいです。台東区松が谷の日限祖師本覚寺は、堀之内妙法寺と共に、宗祖伊豆御法難と日朗上人にまつわる寺歴の、庶民信仰の、お寺です。境内に実に様々な守護神が、祀られておりますが、江戸時代後記の庶民の法華信仰が隆盛した面影と、見ていただきたいです。実は、私が、立正卒業後、暫く、住み込みで修行した場所です。先日、前師僧で平賀本土寺の貫主様になられた師が御遷化、密葬に、お参り致しました。本覚寺に長年住持をされた「下町の御前様」でした。現在は御子息が立派な住職をされておられます。一度、御参拝なさってください。
  • 2013-02-27 23:26
  • 愛国沙門
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冨士教学研究会 管理者

Author:冨士教学研究会 管理者
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日蓮正宗・創価学会等の富士門流関連寺院・諸団体に関する議論は、池田大作氏の影響力低下と、諸賢の研究・考察・発表等によって、概ね結論はみえてきました。
それと同時に、冨士教学研究会の役割もほぼ終わりかけていると思います。
今後は、政治・宗教・社会等の問題を気ままに記してまいります。
更新頻度は特に定めません。皆さんも時間のあるときにのぞいてみてください。

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