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湯島聖堂拝観

大成殿
公益財団法人斯文会湯島聖堂に出向く。

湯島聖堂は国指定史跡でもある。

神社仏閣ではない。よって宗教法人ではなく財団法人の運営となっている。

休日には大成殿が御開扉される。孔子の尊像を礼拝する人も多く、賽銭箱も置いてある。
拝観料200円を払うと中に入れる。

左右には賢儒画像が多数奉奠され、顔子、曾子、子思、孟子の尊像が安置される。
もとはこの四体は、孔子像の周囲に配置されており、一尊四士を思わせる状態にあった。

儒教・儒学に関心を持ちつつも、なかなか足を運ぶ機会が無かった。

儒教では論語を読経や陀羅尼呪のように唱える事は無いという。
儒教とは儒学であり、聖堂は学問所であった。

漢訳経典・論書への影響を調べたかったがた、私のとある想定は、ものの見事に外れた。
次は道教関連の施設をあたってみたいと思う。



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コメント

[C1687]

四明さん、

御高覧並びにコメントをありがとうございます。

横浜の中華街に道教系の建造物はありますね。
一度も入ったことはありませんが。

中華版、つまり道教の陀羅尼があれば知りたいと思います。
そんな資料が手に入るなら足を運びたいですね。
  • 2013-02-26 20:43
  • 管理者
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[C1686]

飯高壇林、小西壇林、中村壇林、細草壇林と天台三大部を中心に、中村壇林は宗乗中心でしたが、高度に洗練された体系的・組織的な教義学を構築していましたが、閉じた教義学であったようです。武士・町人にとっては儒学にとって代わられた理由のひとつです。洛中に伊藤仁斎の古義学あり、寺小屋形式の外に向かって開かれた講義は人気を博しました。岡山藩は儒学に熱心のあまり、排仏論に不受布施派の弾圧が。道教は琉球にその痕跡が見られるのではないでしょうか。横浜の華人社会に道教を見ることができると思います。輝師の金沢充合園は近代日蓮宗宗学の原点ですが、高弟の桓叡日智師は中村壇林出身でありながら富士門流の教学に大変関心を抱いていたようですが、輝師は止めています。朗門と興門の間には深い断絶があるようです。
  • 2013-02-26 18:26
  • 四明
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[C1685]

愛国沙門さん、

御高覧並びにコメントをありがとうございます。

湯島聖堂に関して、ご教示・補足した戴いたとおりです。

江戸時代の儒学の学問所と、仏教の檀林がかぶる気がしたのですが、的外れだったようです。
儒学の学問所と比べると仏教の檀林の方がはるかに数は多かったはずですが、江戸時代は儒学の時代といえると思います。
仏教の檀林では、在家俗人が学べなかったのに対して、儒学の学問所は俗人の浪人を多く受け入れたといいます。
そして時代をつくる人を生み出した一役を担ったのでしょう。

  • 2013-02-25 20:19
  • 管理者
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[C1684]

湯島聖堂は徳川幕府が、幕臣の学問を儒学(朱子学)と定め、林 羅山(はやしらざん)を學頭に「昌平坂學文所」とし、武士の学問の中心とし荻生狙來などの名だたる儒学者が、教鞭を取った各地の藩校の中心でした。水戸の弘道館は藩校の中でも非常に有名ですが「水戸學」と称される儒学(陽明學)を水戸藩の儒学としました。朱子學が徳川宗家(将軍家)の繁栄に目的を置くのに対し、日本の陽明學は将軍家よりも、天子(天皇)と朝廷の繁栄に目的を置きました。陽明學者には、近江聖人と呼ばれる中江藤壽や、赤穂藩の大石良雄に影響を与えた山鹿素行、熊澤蕃山などの著名な儒学者が輩出、内村鑑三の「代表的日本人」に日蓮聖人と並び、中江藤壽先生が入っています。幕末に近づくと、陽明學と朱子學の対立が強くなり、朱子學イコール幕府、水戸學(陽明學)は尊皇攘夷派の信条となり、吉田松陰先生の松下村塾。安政大獄での松陰先生刑死を受けて、櫻田門外の変、惹いては明治維新の原動力となります。現在、大河ドラマ「八重の桜」放送中、因みに会津藩の儒学は基本的に朱子學でしたが、勝海舟、佐久間象山などの開明派も容認した為、陽明學の影響を否定出来ません。ともあれ江戸時代は儒学の時代と呼べます。
  • 2013-02-25 01:03
  • 愛国沙門
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Author:冨士教学研究会 管理者
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今後は、政治・宗教・社会等の問題を気ままに記してまいります。
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