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最澄直弟子・一乗忠について-前川小論の紹介-③

最後に最澄滅後の仁忠の行動について、光定撰「伝述一心戒文」より抜粋する。

(1)『先大師存生之日談語。必為戒和上。具如血脈。為義真和上戒師時。仁忠師云。此師不用。有雑之咎。』

(2)『者以彼之年弟子白。以円澄大徳。任延暦寺寺主。仁忠師不承之也。亦重弟子白。以義真大徳。任延暦寺上座。仁忠師不承之也。』

(3)『弘仁十三年六月四日。大師遷化。遷化之一七日後。菩薩僧官符下畢。弘仁十四年三月十七日国忌日。両箇之人。得度已畢。此勘籍甚難。不知彼旨。此彼煩悩。仁忠師云。玄番寮。二度者勘籍也。法師光定云。顕戒論云。天台宗二度者。不預僧籍。不属僧統。者何況玄蕃寮。不知勘籍之由。』


※テキスト版「伝教大師全集」より転載の為、前川氏引文と若干の誤差あり。


「叡山大師伝」には、最澄が義真に付属をし、義真に違背しないよう命じている。
しかし(1)では、義真を戒和上とすることを批判し、(2)では義真を上座とすることを批判している。(3)では大乗戒で得度したものは僧籍に編入しないという最澄の主張に反し、仁忠は玄番寮による勘籍を主張している。

私は単に他宗得度の古参の弟子たちと、大乗戒得度者の対立が最澄滅後にあったものと思うが、前川氏は(1)に関して、義真は中国で具足戒を受けており大乗戒得度者ではないため、仁忠(玄恵)からしてみれば「有雑之咎」であり、(2)も同じ理由にて「上座」にはなりえないことになり、仁忠の主張は最澄の遺誡文とも矛盾は無いとしている。
(3)に関しては大乗戒壇勅許後の比叡山山内の状況の変化をあげているが、こちらはいまいち歯切れが悪いように感じる。創価学会系研究機関の研究者である以上、聴講者の僧侶達に気を使ったとは思えず、学者として論拠の薄いことは確定的にしないという態度なのだろう。

最澄の目的は、日本に顕密禅を融合した総合大乗仏教の構築にあったと思われるが、そこには大乗戒で得度と遂げる大乗戒壇の設置も含まれていた。
「一乗」とは当時も大乗仏典の中で最高位に位置した「法華経」を意味していたに違いない。
日本に総合大乗仏教教団を創始するにあたって、その祖師となる最澄のもとで、大乗戒得度者となり、「一乗」という最高峰の称号を得た。この一乗集団は、ある意味最澄の弟子として誇り高い自分を感じていたのではないだろうか。
如何に最澄との関わりが長く仏教に通達していても、他宗からの転向者とは、たとえ正式な僧籍でなかったにせよ、新時代の先駆けとなって最澄のもと大乗戒で得度した「一乗沙弥」達には、古参の弟子たちには無い特権意識があったのではないか。そのように思う。

「叡山大師伝」は、師・伝教大師最澄の伝記であるとともに、一乗集団が最澄滅後に自らの存在意義を書き残した書物といえるのではないだろうか。
そう考えると、前川氏の主張する玄恵=仁忠=一乗忠は、かなり有力な仮説ではないかと思える。

最澄滅後、弟子円仁は唐にわたり正系密教を移入、義真の弟子円珍も唐にわたり台密を完成に近づけた。
この最澄の遺命による、密教移入作業に重きが置かれ、最澄滅後一乗集団は次第に歴史から忘れ去られていく。
現在天台宗では祖師先徳報恩の慶讃の10年の初年である。この10年の内に、一乗集団に関わる慶讃は無い。

私はこの度の比叡山研修と、先の日本印度学仏教学会での前川氏の発表を縁に、この時節に一乗集団の再評価の為、最澄には大乗戒得度の一乗号を授けた弟子たちがおり、最澄滅後の比叡山運営にあたって「上座」として活躍があったことをここに報告し、この歴史から忘れ去られかけた一乗(法華)集団慶讃の一助としたい。 合掌





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コメント

[C1427]

四明さん、

度々のコメントありがとうございます。

一乗集団に関しては、これを機会に研鑽の過程で意識し続けたいと思います。
現状では史料が少ない過ぎると思いますので。

前川氏の「日蓮」呼称は、論文だけでなく、他者の発表に対する質問でも同様でした。
ちなみに同会場には、広宣部の中央委員が2名いました。この2名のスパイ行為で、後のフェイク記事が書かれました。
前川氏は気づいていないと思いますが、前川氏の後ろに座っていました。
私は実は事前に創価の幹部より、電話にて知らされていたので、すぐわかりました。
本当に創価のやることはせこいと思います。
  • 2012-07-24 20:08
  • 管理者
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[C1426]

以前花野充道師は宗祖が叡山遊学で師事した椙生流は慧心流の中でも法華一乗に純化したとの趣旨の研究がありました。一乗集団─椙生流の思想系譜があるのではないかと拝します。つまり宗祖御在世中に一乗集団の血脈を継ぐ学僧と邂逅したのではないかと。現代日本の仏教学学術ルールでは歴史上人物は尊称をつけない、存命中人物は氏で統一(これは東大系史学に倣ったのかはわかりませんが)していて前川氏もこれに準じたのでしょう。一般会員を前にしての法話は大聖人、遺文でなく御書と讃迎されることでしょう。今後次期体制がどの路線を選択するかによって尊称も変化するに違いありません。カリスマ性を補うためには大石寺との「公武合体」の暁には「宗祖日蓮大聖人」、兵糧攻め植民地化の暁には「日蓮大聖人」、法華経菩薩道路線(立正佼成会のような)の暁には「日蓮聖人」でしょう。尊称問題は花野充道師が僧籍返上になるほどの重大事です。
  • 2012-07-24 19:54
  • 四明
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[C1425]

四明さん、

御高覧並びにコメントをありがとうございます。

まったく仰せの通りで、前川氏の守備範囲はかなり広いです。
日蓮宗教学研究発表大会でも、ほぼ全ての発表に対して、質問や意見を述べていました。

しかし研究者として、宗祖を「日蓮」と呼称している以上、創価の公の舞台に出ることは無いと思いますが、いかがでしょうか。

一般会員の前で、「日蓮」と呼び捨てにしたら、まず眉間にしわを寄せられて嫌煙されることでしょう。

  • 2012-07-22 21:40
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[C1424]

江戸時代大石寺門流の在家講が白袈裟批判がありましたが、学僧の印であること東密起源であること大変示唆に富む御説示有難うございます。前川氏は佐藤優氏のように守備範囲の広い論説を矢継ぎ早に量産されている頭の回転の早い御仁でありますが、きっと谷川次期後継体制で教義の再構築で松岡幹夫氏とともに有能な働きをされることでしょう。御健闘を祈ります。たしか最近の宗教学会で山川智応氏についても学会発表していました。でも前川氏の立ち位置は何でしょうか。最左翼の明恵から最右翼の日蓮主義までそのフィールドを広げるいい意味で広学、悪い意味で研究者として脈絡はないのですが。なぜ後継者に谷川氏が急浮上してきているのか(複数の政治アナリストも氏の名前を挙げる。3党合意も氏の決裁があったといわれます)正木氏は第二次宗創戦争で理論面の強化を図った絶大な功績あります。例えばキリスト教宗教改革の歴史を深く学び、対宗門対策の鉄壁の布陣を敷いた。会則改正三代会長師弟論教義確立もです。
  • 2012-07-22 20:43
  • 四明
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[C1423]

愛国沙門さん、

御高覧並びにコメントをありがとうございます。

本文には記しませんでしたが、宗祖の気概はこの一乗集団に根源があるようにも思えました。
宗祖当時、既に台密が完成していた比叡山で、何故宗祖が法華一乗に拘ったのか、そこに歴史から忘れ去れかけていた一乗集団の存在があったのではないか、そんな思いが駆け巡りました。
私も身延山同様、比叡山も富士門流諸師が訪れるべき霊跡だと思います。宗派の違いは関係ないと思います。私自身、本当に行って良かったと思います。そしてまた行きたいと思います。

なお今回の比叡山登詣にて、東塔の参拝と国宝殿、下山して最澄誕生の地・生源寺を参拝しましたので、次回以降に報告したいと思います。


  • 2012-07-21 23:55
  • 管理者
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[C1422]

「叡山大師傳」と一乘中についての御講説、有り難うございました。私達は、ややもすると日蓮大聖人が天台の学生蓮長法師として得度の師、道善上人の元より、叡山の南光房俊範上人の元で研鑽を重ねられ、顕 禅 密の天台教学を極められた。所詮ゆる本化開宗に至る迄の天台沙門としての宗祖に於かれての御準備を、意識しない事が多々、有ります。御書にも屡々「天台沙門日蓮」「傳教大師門人日蓮」と、御自身の事を述べられておられます。日本天台宗の、お祖師様、最澄聖人に依る年分度者の記録と叡山大師傳、日蓮聖人の天台法脈に於ける御存在を確認する事が必須であると思います。私達、門下の中で身延山は勿論、毎月、参拝しても、比叡山は濁れる山なので参拝しないと言い憚らない人が、今でも随分います。本化教学を錬られた聖地こそ横川華芳谷の定光院です。未だ比叡山を参拝しておられない方が居られたならば、是非、登詣され根本中堂、傳教大師御廟、定光院、戒壇堂を参拝してください。日本が一乘有縁唯一無二の国で有る事が体感出来るはずです。尚、比叡山霊宝館の拝観も、是非、おすすめいたします。
  • 2012-07-21 23:15
  • 愛国沙門
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Author:冨士教学研究会 管理者
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日蓮正宗・創価学会等の富士門流関連寺院・諸団体に関する議論は、池田大作氏の影響力低下と、諸賢の研究・考察・発表等によって、概ね結論はみえてきました。
それと同時に、冨士教学研究会の役割もほぼ終わりかけていると思います。
今後は、政治・宗教・社会等の問題を気ままに記してまいります。
更新頻度は特に定めません。皆さんも時間のあるときにのぞいてみてください。

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