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最澄直弟子・一乗忠について-前川小論の紹介-②

叡山大師伝
先に伝教大師全集5巻より引用した「叡山大師伝」には次の文ものる。

『既而抜伝灯之階。上講複之座。名曰義真。円澄。光定。徳善。徳円。円正。円仁。仁忠。道叡。興善。興勝。仁徳。乗台。』(下線筆者)

この記名次第は戒臘の順との事で、光定から興勝までを「天台法華宗年分学生名簿」と対応すると以下のようになる。

≪叡山大師伝≫ ≪天台法華宗年分学生名簿≫
 光定       僧光定(住山) 師主比叡山最澄。    
 徳善       僧徳善(住山) 興福寺 遮那経業 師主律師修円。
 徳円       僧徳円(住山) 興福寺 止観業  師主大安寺伝灯満位僧修澄。
 円正       僧円正(住山) 興福寺 止観業  師主比叡山最澄。
 円仁       僧円仁(住山) 興福寺 止観業  師主比叡山最澄。
 仁忠     ≪一乗沙弥玄恵(住山) 比叡山止観院 止観業 師主比叡山最澄。≫か、
 道叡       一乗沙弥道叡 比叡山止観院 遮那経業 師主比叡山最澄。
 興善       一乗沙弥興善 比叡山止観院 遮那業  師主比叡山最澄。
 興勝       一乗沙弥興勝 比叡山止観院 止観業  師主比叡山最澄。
 
「叡山大師伝」には『我一衆之中。先受大乗戒者先坐。後受大乗戒者後坐。』とあり、「上座」と称される仁忠が最初に一乗沙弥となることが自然であるという。
そして仁忠遷化後は、道叡が上座と称されていることからも、受戒の次第で道叡よりも先に受戒している玄恵が改名前の仁忠ではないかとの仮説が、前川氏の主張である。

先のブログで引用した「叡山大師伝」のうち、「一乗叡」が道叡であり、「一乗忠」が仁忠=玄恵であるとするものである。

そして真忠は大乗戒以前に得度した「高雄歴名」に沙弥としてその名が見え、大乗戒得度者でないものが「一乗」号を受けるのは考え難いというものである。

加えて「一乗忠」と「仁忠」の名が、「叡山大師伝」に同列することに関しては、大乗戒で得度した立場と、上座としての立場の二つの位置づけを示すものとしている。
ここには「叡山大師伝」として、師伝教大師最澄とその功績を宣揚することと併せて、自己の存在意義を明示しており、撰述者としての特権を行使していると考えられ、前川小論には一定の説得性があると思えた。

次回は仁忠が最澄の遺志に反して義真を批判したなどの行動についての、前川小論の記述を紹介したい。


※巻頭画像は「叡山大師伝」の冒頭部分。図録『最澄と天台の国宝』より転載。


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