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冥の照覧

「冥の照覧」と聞くと私は「創価班歌」を思い出す。

よく創価学会では、「きっと池田先生はわかって下さっている」「池田先生は必ずご覧になられている」といった、体験発表や幹部指導がよくある。

「冥の照覧」と「奥」の概念に関する研究が、先の鶴見大学で行われた大会発表にあった。法相部会であったと思う。

「冥」とは「顕」に対する語の一つで、顕界は眼に見える世界で我々の住む所謂「この世」を云う。それに対して冥界は眼には見えない世界のことで、所謂「あの世」を云う。
この二界には大きな差別があり、顕界から冥界は基本的に視えないが、冥界からは顕界が常に視えているのである。

「冥の照覧」とは、顕界にすむ我々が常に冥界の何ものかに視られているという考えを云う。

古来の日本であれば、冥界から顕界の我々を常に見ているのは「神」である。
神こそ冥界の主である。
そしてこの世における、善い行いも、悪い行いも、誰も見ていないようでも神だけは視ていると、そう考えるからこそ、悪いことはできないし、良いことをしようという道徳観につながったのだろう。

そして仏教の伝来とともに、顕界に住みながら冥界を視る力を持った仏陀の存在が認知される。
先に「基本的に」とした点はここにある。

仏典では仏が眉間白毫から光を放ち地獄を照らしたり、天界の主と会話をしたりする場面が出てくる。

そして近現代にも、この冥界を視る、あるいは冥界の声を聴くという、超人的な能力を自称するものが数多と名乗りを上げている。
そして人生に行き詰まっている人にアドバイスをするといった具合だ。

話を戻すと、創価学会では、その組織内で語られる話からは、まさしく冥界の主は池田大作氏ということになる。
この世に住みながら、実質的に冥界の主としての役割を担っていると、創価学会員は思い込んでいるのである。

しかし現実的には、池田氏は冥界の主どころか、冥界は視えていない。
当然、目の前にいる人以外のことなど視えていない。
見ず知らずの学会員のことなどわかってなどいないし、知りもしないのである。

この池田信仰からはやく多くの人を目覚めさせたい、そう願う日々である。





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コメント

[C1419]

れんさん、

御高覧並びにコメントをありがとうございます。

あえて「池田教」ではなく、池田信仰とさせていただきました。

心理学からの考察は科学的だと思います。
但し私も職業上、多数の臨床心理士や精神科医と交流がありますが、皆云うことがバラバラで心理士・医師によって、いくらでも変わってしまう判定・判断には、やはり全面的な信は置ききれないという思いもあります。

しかしカルトを考察するうえで、心理学からのアプローチも一つの方法として、大変有効であるとも思います。

  • 2012-07-19 19:37
  • 管理者
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[C1416]

創価学会の実際は、管理者様の仰せの通り、畢竟すれば“池田信仰”ですね。遠い記憶を辿って思い出すと、座談会で、地区の幹部は何かあると“先生!助けて下さい!”と祈りながら漫荼羅に題目をあげる的なことを言っていたのを思い出します。

今、こうやって、遠く離れて、過去を思い起こし、改めて考えると、このような有様は、余りに異常なもので、且つ、余りにも幼稚なものだなと、改めて思います。


このような有様が“何故に然るか?”を考えると、矢張り心理学からのアプローチも必要だと思う昨今です。




  • 2012-07-17 20:34
  • れん
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[C1411]

四明さん、

御高覧並びにコメントをありがとうございます。

創価学会の時期会長候補は谷川氏ですか、正木理事長が下剋上を気にするわけですね。

谷川氏男子部長時代は、会友運動は行いましたが、「折伏」は無かったですね。
次代の佐藤氏の代は選挙の度に夜間の違法ビラまき、宗門僧俗の尾行など、散々謀略活動が行われました。
このろくに布教活動もしなかった人間と、謀略に次ぐ謀略を繰り返し指示した人物が、青年部役職時代に池田氏に副会長に任命されたのを覚えています。
つまり池田氏には「折伏」を行う意思はなく、謀略によって敵を貶めることが全てということを、何よりも雄弁に物語っています。

迫本氏は印象が薄く、池田氏が病に倒れて本幹を欠席した時、ホームページ作成のことで場を盛り上げた御仁は、その後女性問題で失脚、緊急の首都圏男子部長会で何の話かと思いましたね。そんな渦中のろくでなしどもが、今後の創価学会の中心者ともなれば、ますます創価学会に未来は無いと確信します。

あの時も、心筋梗塞で倒れたにもかかわらず、外部メディアや会員には疲労だとか感冒など軽い症状で喧伝したのを思い出します。
創価学会は嘘ばかりついています。
本当のことを知らされない会員たちが可哀そうです。

  • 2012-07-08 16:09
  • 管理者
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[C1410]

次期会長最有力といわれる谷川氏は、池田氏のSGI路線を踏襲していくのか、戸田氏の折伏門路線に原点回帰していくのか、山中氏、小林氏の日蓮遺文直参「祖道の恢復」路線かはよくわかりませんが、機関紙の阿部信彰宗務院布教部長世襲批判を見ると、以前にも充道さんが指摘していたように何らかの路線対立があるかもしれません。無着、世親の唯識思想は現代ヨーガにも通じる道です。またなぜ宗祖が玄奘の新訳を用いられなかったのかも今後の研究課題です。
  • 2012-07-08 14:07
  • 四明
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[C1409]

愛国沙門さん、

御高覧並びにコメントをありがとうございます。

「冥」の字は、冥加料などの使い方もありますが、知らず知らずのうちに受けている恩恵に対する感謝をあらわすものですが、本来の意義はともかく、最近では寺院・教団への物質的なものに対して支払う代金が実情だと思えます。塔婆代や本尊下付の代金として。

私は修行が足りず、冥なる世界は全く視えませんが、今の自分は視えるという人をまず信用しないと思います。

だからといって、冥の世界を全否定もできません。
矛盾してますが、そのような思いであります。


  • 2012-07-05 21:30
  • 管理者
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[C1408]

「願わくば あのくたらさんみゃくさんぼだいの佛達 我が立つそまに 冥賀有らせたまえ」(変換できません)の傳教大師最澄聖人の御詠、更に立正大師日蓮聖人の「丑寅の細殿にて日蓮必ず待ち奉るべく候」まことの「冥」とはかくのごときかと思われます。如何でしょうか。
  • 2012-07-05 20:28
  • 愛国沙門
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それと同時に、冨士教学研究会の役割もほぼ終わりかけていると思います。
今後は、政治・宗教・社会等の問題を気ままに記してまいります。
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