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日郷門流「眉間白毫」の御影像について

日郷門流における眉間白毫の日蓮御影像は、その本山である安房妙本寺に安置される所謂「大石寺正御影」が筆頭にあげられる。
もちろん眉間の白毫は、後世「日蓮本佛論」の台頭と共に添加されたものであろう。

日郷門流では日向の日要と日我の連係プレイで、日蓮本佛論は完成したと思われる。

以上の事を念頭に、日蓮宗興統法縁会日向妙国寺の黒木報源師の講話「宮崎県の富士門流について」を再考してみる。
黒木師の講話は、主に創価学会と日蓮正宗が二人三脚だった時代、日向日蓮宗の富士門流寺院をおそった紛争事件が中心である。

しかし、見逃してはならない一項があった。
それは黒木師自身が住職を務める、日向妙国寺の日蓮御影が眉間白毫の御影であると話していることである。

日我は日隆の八品主義に対して、初期の師僧・日要の寿量文底説を主張し対立。
日蓮本佛論の初祖である。

ここで想起されるのが、日要・日我ともに日向の出身であり、ともに本山に晋山している。そして日向妙国寺には眉間白毫の日蓮御影が安置されているのである。
日向妙国寺が日蓮宗時代に、日蓮御影に眉間白毫を添加することは考えにくく、むしろ日向妙国寺の日蓮御影への眉間白毫は、本山安房妙本寺の所謂「大石寺正御影」より先に添加されたものではないだろうか。

日郷門流における日蓮御影への眉間白毫の添加は、日我晋山前後の戦国時代に行われたものと思われる。
そして戦乱後、江戸時代に安房妙本寺「大石寺正御影」は補修され、現在の容姿になった。

その後大石寺門流が日蓮本佛論の本家のようにされていくが、大石寺の日蓮本佛論は、日我の著述に大いに影響を受けながらも、実際には京都要法寺日辰→日精へと伝わって行ったものが主となっていると考える。

江戸時代は大石寺門流の前に、日尊門流で眉間白毫の日蓮御影(絵像)が散見されるのはそのためであろう。

これまで日郷門流の寺院を訪問した際、本山妙本寺及び本山久遠寺以外で眉間白毫の御影を拝することは無かった。
旧末寺においても、日向妙国寺のような例があるのだと改めて思う。





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相応和尚

本年11月3日に1100年遠忌をむかえる相応和尚は、比叡山にて回峰行の祖と云われ、最澄及び円仁に「伝教大師」「慈覚大師」の大師号を勅使したことで知られる。

相応和尚は17歳の時に、大乗戒壇で受戒し一乗沙弥となっている。
そして法華経に大いに感化され、「常不軽菩薩品」の実践に回峰行という形を見出し取り組んで行く。

相応和尚は「どんな人にも仏性がある」と、出会う人、すれ違う人全てを礼拝し、「不軽」の行を実践していった。
そして慈覚大師円仁より得度の勧めがあり、「相応」の名を頂戴するのである。

千日回峰行の祖と云われる相応和尚といえば、比叡山無動寺明王堂であるが、相応和尚は『生身の不動明王』と一体となったという。

『生身の不動明王』といえば、「生身不動明王拝見」で始まる、富士門流安房妙本寺蔵の日蓮「不動明王感見記」を想起する。

そして相応和尚の最期は「法華経」を読誦し清貧な生活で、弥勒菩薩のまします内院に往生したといい、法華経の読誦をもって一期の弘通を終えたという。

以降、比叡山では回峰行を満行したものを「阿闍梨」と呼び尊んだ。

日蓮の思想や実践は、こうした比叡山の先師先達の影響を無視しては考えられない。

いたずらに情報操作された、「天台真言宗」だから御書を先に学べ等といっては、日蓮の実像には近づく事は出来ないだろう。

自分を正当化するわけではない。
叔父叔母より遺贈を受けた以上、叔父叔母の檀家寺である天台宗の寺院とはお付き合いは当然で、家具ではなく家屋に備え付けられた天台宗の仏壇や、その天台宗寺院が氏子として寄付をしている神社を護っていくことは最低限の事だと思っている。

日蓮正宗・創価学会からしてみれば雑乱勧請になるのだろうが、日蓮宗興統法縁の御本尊・仏壇と共に、天台宗檀家寺の仏壇、神棚と、自らの宿命と思い護って行きたい。





再び創価学会員らしき人物来訪

本日、紺のスーツ姿の男性2名がノンアポで来訪してきた。
今回は「学会の○○です」とも言わなかったので無視したが、監視カメラに映像が残っている。

一人は眼鏡をかけたひ弱そうなお子ちゃまで、もう一人は頭の毛の薄くなったオッサンであった。
ファイルで住所を確認しながら、公道の坂を下りてきて私道を勝手に入ってきて、私の自宅のみインターホンを鳴らして帰って行った。
帰り道も、他のお宅には寄らずに帰って行った。

全て設置してある防犯カメラに映っていた。
顔は覚えた。
近隣で見かけたら個人情報を勝手に使用している名簿を取り上げ、どこから情報が流れたか確認したい。

だいたいの想像はつく。
かつて二度にわたって、学会本部に退会届を郵送しており、その内1回は内容証明で送っている。
これは退会支援の先輩のアドバイスもあってのことだが、やはり部員から中堅幹部まで成りあがった自分の方が専門性があるのだろう。

学会本部に退会届を郵送しても、地区統監で「死亡」「退転処理」もしくは「転居先不明」で落とされない限り、名前は残り続けるのである。
学会を辞めるには①除名になるような行為を行う。②地区統監で退転処理できるだけの理由が明確になる事。このいずれかだろう。

内容証明で学会本部に退会届を送るなど、やはり金の無駄遣いだった。

これで誰かが転居先を学会に知らせ、統監が回ってきた事がほぼ確実となった。
不本意ながら、現状、私は創価学会員なのである。
妻子の転居先は、マンション管理会社含め、誰にも伝えていないので、もし妻子のところに学会員が来たとすれば、それは家内方の親族からの情報漏えいだろう。

私の場合は完全にコンプライアンスに反する、情報漏えい企業あるいはその社員が原因であろう。
ネタ切れの私には、恰好のネタができた。
時間をかけて、創価学会や個人情報漏えいの企業について、暇つぶしに調べていこうと思う。





貴重史料を恵贈戴く

灌仏会の伝承ある日、有縁の御僧侶より貴重な史料を恵贈戴く。

ある富士山本門寺旧末寺の御影像や板本尊の鮮明な画像、垂迹堂勧請の八幡像、日蓮・日興の対の御影絵像、富士山本門寺歴代の大漫荼羅14幅の画像並びに翻刻図版、そして解説。

脇書や裏書まで写真画像や翻刻が掲載され、富士門流関連の研究においては1級史料であると思った。

特に眼を惹いたのは、富士門流本山貫主の大漫荼羅で、主題下に「日蓮在御判」が無く、他門流のように当代貫主の自著が大書されているものがあったことである。

他門流から移籍した貫主なのか、紫賜の時代か、紫衣を着用していた時代なのか、その因果関係は不明ながら、当該大漫荼羅は御影の胎内より発見されたとの事である。
胎籠り本尊としての特徴なのだろうか。

実に興味深い史料を頂戴したと感謝する。





宗教問題を恵贈頂く

この度、創価学会からの退会・進転をご支援くださった恩師より、「宗教問題」Vol.17を恵贈頂く。

原田稔創価学会第6代会長のレポートはまさに的を射たものであった。
顔の大きなコブは確か、第5代会長の秋谷氏もあったと記憶する。
両者とも財務を中心とした、創価マネーで顔面改造したのであろうか。
当時は当然、美容整形に部類されただろうし、かなりの金銭が使用されたのではなかろうか。

人間革命の池田氏と原田氏の対面シーンも引用された。
人間革命は、「小説」という逃げ道を付けた、実際にあったことと、フィクションを混ぜ合わせた読み物である。
併せて、創価学会員の活動宣揚に使用された道具でもあった。

一点、「創価学会仏」の呼称は、東氏のレポートにあるように、既に戸田城聖の時代から使われていた用語で、特に第二次宗創紛争以降は、池田氏もよく使っていた。第二次宗創紛争以降しばらく創価学会の活動会員であった自分は初耳の用語ではなかった。恐らく、比較的新しいものでも「創価ルネサンス」などを細かく精査すれば出てくるのではないだろうか。古いものでは「戸田城聖先生の教え」というレコードなど。
私は大量のゴミとして既に処分してしまったので、確定的なことはいえないが。

東氏のレポートは、自社出版物と比べると、やはり秘蔵資料を使ったものではなく、比較的入手しやすい資料に基づき坦々とつづられていた印象を持つ。

問題なのは編集発行人として名を載せる「小川寛大」とかいう人物である。
創価学会問題はおまけのように扱い、主要な部分は靖国批判である。

この前進社か反天連か在日かわからないが、極左思考の小川寛大とそれに連なって駄文を載せた輩は何なんだろうか。

そもそも官軍であろうと賊軍であろうと、靖国に祀ることは明治天皇のお心である。
靖国は戦後、政教分離し現在は神社本庁にも属さない単立の宗教法人である。
しかも氏子はいない。
したがって次期宮司の人事権が現宮司にあって、誰を指名しようが何の問題もないのである。
英霊も遺族が拒めば何の強制もなく合祀を見送る。また希望し宮司が認めれば軍人でなくとも合祀する場合がある。
宮司・官職・巫女・遺族会・崇敬奉賛会及び一般参詣者で支えているのである。

官軍・賊軍どうこういうなら、宮内庁はどうなる。
旧賊軍の末梢も在勤しているではないか。
自分たちは定年退職し、退職金をもらう宮内庁が、天皇陛下が生前退位の意向を示されるまで、なんのお咎めもなく働かせる神経は職務怠慢ともおもえる。

執筆活動をしていない自分が、土俵違いの場でどうこう言うのはお門違いだが、小川寛大の編集には納得いかないものを感じた。

追記
小川寛大のTwitterプロフィールの「イエロージャーナリスト。他人の不幸を蜜の味に加工するだけの、簡単なお仕事に従事。」を読んで、やっぱり小川寛大は大悪人であると確信した!→https://twitter.com/grossherzigkeit







Appendix

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冨士教学研究会 管理者

Author:冨士教学研究会 管理者
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